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常夜の図書館  作者: りんめい
『ハーメルンの笛吹き男』
4/13

レイ様、どうされました?

 リビングへ降りると、妹のユキがトーストを齧っていた。

「お兄ちゃん。起きるの遅い。遅刻するよ」

 レイは最愛の妹に、今までにないくらいの生返事を返すと、食パンをトースターに放り込むと、ぼんやりとテレビを眺めた。

 時刻は七時、結局あれから一時間も寝ていない。母親は昨日から夜勤。父親は単身赴任でイギリスだ。

 朝のニュースでは、『児童連続失踪事件』の続報が流れている。

 昨夜の出来事のその後もしっかりと、テレビに映っている。

 ラジエルは、大丈夫だろうか。“常夜の図書館”へ連れ込んだ後、一応できる限りの処置はした。

 人類の叡智ともいえる、“常夜の図書館”だが、ラジエルが居なければ、どこにどんな本があるのか分からない。

 そんな、弱さが情けなかった。

「どうかした?」

「いや、なんでも無い。それより、なるべく家から出るなよ」

 小学生のユキはまだ、遊びたがりだ。時間があれば外に出て、走り回る。そんな性格だから、やっぱり慕っている友人も多いらしい。自分とは大違いだ。

 香ばしい匂いを放つトーストを口に運ぶと、食事もそこそこに、通学鞄を持った。

 ユキもランドセルを背負って後をついてくるのが分かった。そして、別々の方角にある学校へ行くために、玄関で別れた。

 心配の種は絶えない。

 昨夜見た“ハーメルンの笛吹き男”は笛の音で一種のトランス状態にするのだろうと、ラジエルは予想を立てている。つまり催眠術の類だ。

 そして、どうやらある年齢に達すると効かなくなるようだ。

 ユキはまだその年齢には達していない。






「なーに寝てんのよ」

 ハルナは昼休みに入るなり、そう言った。

「寝不足なんだ。静かに寝させてくれ……」

 そう返すと、レイは再び腕を枕代わりに、うつらの世界に落ちようとする。だが、それを許してくれるほど、この幼馴染は優しくない。

「だめ。ちょっと付き合って」

 腕を掴まれると、ずるずると引きずられるように教室を連れ出された。端から見たら、さぞかし、滑稽に映っただろうな。

 レイは、そのまま、屋上に連れ出された。

 梅雨を過ぎた日差しは、ハルナより容赦がない。眠気という眠気を根こそぎ奪っていった。

 ハルナは、屋上の中央まで、楽しそうに歩いていく。日陰から出たくはなかったが、仕方なくついていく。

「驚かないでね」

 ハルナは、少し俯き加減に言うと、笑顔で続けた。

「もう、好きじゃなくなったから」

「……へ?」

 どういうことだ。

 確かに、幼馴染として、お互いとんでもない秘密を抱えているし、高校生となった今では、一緒に登校しようとなんて考えていない。

 以前に比べれば、関係は疎遠になったと言えなくもないが、それでも、他のどの友達より長い付き合いで、そう簡単に崩れるような関係でもないと思っていた。

 レイの混乱を悟ってか、ハルナは、焦るように言った。

「あ、いや、その、幼馴染として嫌いとかそういうんじゃなくて……」

 徐々に、声が小さくなっていき、ついに、口元でもごもごと言っていることしかわからない。

「ととととにかく! いつも通りで良いってこと!」

 そういうと、ハルナは、階段へ走って行った。パタパタと階段を駆け下りる音だけが、後に残された。


 放課後、レイは“常夜の図書館”への鍵を開けた。

 結局、昼間のことは分からずじまいだった。教室に戻った後も、ハルナは言ったように、いつも通り話しかけてきたのだ。

 それでも、あのことは絶対に切り出さなかったのは、彼女の眼が、いつになく真剣だったのを感じたからだった。

 レイは、息を大きく吸うと、一息に吐いた。

 解決できない問題に、いつまでもかかわっていても、埒が明かない。なら、解ける問題から一つ一つ片づけていこう。

 そして、今の優先順位は『ハーメルンの笛吹き男』。ユキの方が上に来ている。


 “常夜の図書館”は文字通り、常に夜。昼の喧騒も、日差しからも、隔絶された無音の世界。

 天窓から満月の光が注ぎ込む部屋にある執務机は、ラジエルの席だ。そこに、ラジエルは……

 居ない。

 別の部屋で、整理でもしているのだろうか。

 そして、レイは気付いた。

 読書用の机に一冊、本が置かれている。

 手にすると、ずっしりと重い。原因はこの鎖だろう。

 本を一周するように巻かれた、二本の鎖。それは見るからに頑丈そうな鍵で本に止められていた。

 本は薄暗い“常夜の図書館”内で、異様に目立つ真っ白の表紙。題名タイトルは……

「!!」

 誰もいないはずの部屋で、背後から音がすれば、誰だって驚く。

 一瞬、ラジエルが戻ってきたのかと思ったが、そこには、手帳のような本が落ちている。たしか、初めて来たときに読まされた『ラジエルの書』だ。

 どこから落ちてきたのだろうか。

「レイ様。いかがされましたか?」

「うわっ!」

 いつの間にか、ラジエルが居た。いつも通りの無表情で、見上げるように立っている。

 登場の仕方が心臓に悪すぎる。

読者リーダーと『ハーメルンの笛吹き男』はいまだ未発見です。もうしばらくお待ちください」

「心配して来てやったのに、それはないだろ」

「傷は完全に修繕されました。ご心配には及びません」

 確かに、辛そうな感じはないが、修繕って。服とか本に使う言葉だろ。それ。

「学校のお時間では?」

 ラジエルは、首をかしげる。

「もう終わった。それより」

 さっき手にしていた本はどこへ行ったのだろうか。

 それを口にすると、ラジエルは、首をかしげた。

「そのような本は、見たことがございません」

「本当に?」

「私は、嘘を吐きません」

 反論はしない。会って間もないがなんとなく、そんな気がした。

 そして、ふと思った。ここなら、ハルナの言葉の意味が分かるのではないかと。

「なあ」

「はい」

「……いや、やっぱりいい」

 ラジエルは特に気にするわけでもなく、一礼をしただけだった。

 “常夜の図書館”の書物を漁るのは簡単だ。だけど、このことは、自分で考えなくてはいけない気がした。

 そもそもハルナの言った『好き』はどういう意味でのことなのだろうか。

 そこまで思って、レイは頭を振った。

「ラジエル。お前、原本オリジナルを具現化できるのは、読者リーダー館長オーナーだって言ったよな」

 これは、朝から考えていたことだ。

「だったら、俺も、外で具現化できるのか?」

 読者は、図書館外で本を具現化している。だから、こんな事件が起こっているのだ。そして、自分も具現化の経験がある。読者にできて館長にできないということはないだろうと思った。できれば、自分も何か守る手伝いをできる。

「可能です」

 ラジエルはもっとも簡潔な答えを告げた。

 レイは、ほっと胸を下した。知らず知らずのうちに緊張していたようだ。

「ですが……」


 いつの間にか、日が傾いていた。

 楽しいことが、あると、それにのめりこみ過ぎてしまう。ユキの悪い癖だった。

『児童連続失踪事件』で、午前中に帰されたが、誰もいない家に一人で待っていることほど、つまらないことはない。

 そう思っている友達も多かったようで、ユキは遊びに出かけて行った。

 夏の日は長い。それが、傾くまでといったら、それなりの時間になっている。

 帰ったら、お兄ちゃんに怒られるだろうな……。

 ユキは、ツインテールをパタパタ鳴らしながら、家に向かって駆けて行った。

 だから、気にしなかった。

 古い装丁の本を持った、クラスメートの男の子が電柱の陰にいたことを。

 その子は、ユキの後姿を眺めながら、本を開いた。

「ねえ、もっと、遊ぼうよ」

 そういうと、本の記述を音読する。

 ドイツ語で書かれている本の文字はゆがみ、紙から離れ、螺旋を描きながら立体的になっていく。

 色とりどりの布を纏い、片手に角笛を持った男。男が笛を吹くと、不気味な音が町中に響き渡った。

「さあ、遊び場に行こうよ」

 男の子の持っている本の表紙には、ある題名タイトルが書かれていた。

 題名は、『ハーメルンの笛吹き男』。

無理やり押し込める形になってしまいました。

読みにくくてすみません

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