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常夜の図書館  作者: りんめい
『ハーメルンの笛吹き男』
2/13

ようこそ“常夜の図書館”へ

図書館の館長は英語ではライブラリアンですが、ここではオーナーとなってます

 大した変化がない日常が進んでいく。

 窓から見える校庭には体育教師の号令と共にラジオ体操を行っている。

 日なたにおかれた腕が、夏の厳しい日差しを浴びてジリジリと焼ける感じがする。

「こらー! レイ、よそ見しない! アンタだけ一人で走ってもらうぞー」

 言われ、俺――レイは面倒臭げに前を向いた。せっかく窓側の一番後ろの席という最高のサボりポイントをゲットしたというのに……。

 レイはLHR始まって初めて黒板を見た。黒板は幼馴染が持つチョークによって書かれた小さな文字によって、ほとんど白くなってしまっている。

 そして、俺はそれを端から端まで眺めただけですべて読み終える。

「ったく。黒板見ればなにやってるかわかるっての」

 この幼馴染は、文字を大きく書くというのを覚えた方がいい気がする。俺はともかく他のクラスメイトは難解な暗号を解くような気分で黒板を見ているに違いない。そう、俺の幼馴染――ハルナは何でもかんでも書く癖がある。お蔭で授業のノートの解読はちょっとしたパズルより何倍も難しい。

 さらにハルナは気前がよく男女隔てなく話すことができる。さらに責任感が強いこともあり、学級委員長を何度も務めている。

 レイはこの後のことを考え憂鬱な気分になった。

 ハルナの読めない字を唯一読むことができる人物。人と話すことがあまり好きでない俺にとって、苦痛なのは理解していただけるだろうか。

 ハルナはレイと別のクラスになったことがあったのだがその時は書記を付けていたらしいが。

 何故俺の時だけ書記を付けない……。

 そうこうしているうちに終了のチャイムが鳴り響く。

 俺の地獄が始まった。





 ごとんと自動販売機からコーラが落ちる。

 レイはそれを取りキャップを捻った。

 プシュッと気持ちの良い音を満喫してから口に運ぶ。

 炭酸の刺激が渇いた喉にほどよい刺激を与え、胃に流れていく。

 LHRの後のことは語るまい。

 レイはハルナの仕事を押し付けられそうになるのを敏感に感じ取り、一人先に帰ったのだった。

 空になったボトルをゴミ箱に放り投げ、玄関を開ける。

「ただいま」

 中から「おかえり」とかわいい声が返ってきた。

 俺の妹、ユキだ。誰が何と言おうと愛おしい最高の妹だ。

 そのユキは、つまらなそうにテレビを眺めていた。

 五時のニュース。“児童同時失踪事件”

 近頃発生した大事件だ。初めのころは小さな事件だったが、次第に規模が拡大し、市の大半にその被害が広がっている。警察も大規模な捜査を行っているが進展はあまりない。目撃者の中には笛の音を聞いた。という者もいるらしい。

 ユキには何かあってはいけないので出来れば外出を控えてほしい。が、小学生のユキにそんなこと言ってはいられない。結局、レイは毎日ユキの無事を祈っているしかない。

 妹の前ではできる兄でいたいレイは、小さく息を吐くと、「気を付けろよ」とだけ言って自室へ戻った。

 二階への階段を上り、ドアを開けた。

「ん?」

 どこだ。ここは?

 眼前には天井に付かんばかりの本棚。実際はもっと広い部屋なのだろうが、本棚のせいで人一人が通れる通路しかない。床も元のフローリングではなく絨毯のようになっている。

 ぎいという音と共に背後のドアが勝手に閉まった。そのドアも見慣れた自室の物ではない。

 窓の外は見慣れない夜の草原。満月が群青の空にぽっかりと浮かんでいた。

 夜? 俺が帰ってきたのはまだ、四時半頃だったはずだ。

 本棚の隙間を縫うように進んだが、どうやら出口は先ほどのドア一つだけのようだった。

 ドアノブに手をかけそっとドアを開ける。

 そこには、何時もの道はなく、今いる部屋と全く同じような作りの部屋だった。

 同じようなというのは、向こう側にドアがついていることだ。

 レイは恐る恐るそのドアに近づきドアを開けた。

「!!」

 予想外の光に目を細める。

 壁側は相変わらず本棚だが、天井が全てガラス張りになり月光が部屋の隅々まで照らし出している。

 そして、机があった。図書室でよく見かける本を無ための机に、奥に立派な執務机。そこに人が居た。

 真っ白い服を着た少女、無表情でただただ座っている。そして、異様に目を引くのは四肢と首につけられている鎖だ。右腕につけられた鎖は左腕に、左足につけられた鎖は右足に、首につけられた鎖は半ばで途切れている。

 その異常な光景に思わず身震いした。夢なら早く覚めてほしい。

「ようこそ、『常夜の図書館』へ。館長オーナー

 レイはびくりと反応し、数歩後ろに下がった。白い少女が突然声を出したからだ。

 少女はゆっくりとレイの方を向くと、相変わらずの無表情で言った。

「わたくし、当図書館の司書を務めております、ラジエルと申します」

 少女――ラジエルはレイに恭しく頭を下げる。

「わたくしはあなた様の従者であり、盾であり、武器でございます。つきましては、所在不明となっている“ハーメルンの笛吹き男”の確保に……」

「ちょ、ちょっと待て。ここはどこだ。お前は誰だ。いや、それより、俺の家は。元に戻れるんだろうな!」

 自分より年下の女の子に大声を上げるなんてハルナが聞いたらどんなことを言われるだろうか。そんなことを後から思ったが、今は関係ない。

 白い少女、ラジエルは、少し考える素振りを見せると、すっと立ち上がりガチャガチャと鎖を鳴らしながら一冊の本を手に戻ってきた。

 ちょっとした手帳のような本だ。ラジエルはそれを開くように促してくる。

 レイは恐る恐るそれを開いた。そこに書かれていたことはこうだ。


 “常夜の図書館”

 この世に存在し存在していたすべての本の原本オリジナルを収める図書館。

 異空間に存在し、任意に空間と繋ぐことが可能。空間をつなぐことは結構面白い。

 司書はラジエル。館長は浅木レイが現在適当。


 “ラジエル”

 七大天使の一人。天界、現世の全ての秘密を知る者。現在『常夜の図書館』の司書を務めている。


 “浅木レイ”

 人間。高い速読能力を持っている。妹を溺愛している。現在『常夜の図書館』の館長に最もふさわしい。


「おい」

「イエス。館長」

「これはなんだ」

「“ラジエルの書”です」

 ラジエルの書。つまり、天界と現世のすべての事象が書かれている本だ。思ったより薄い。しかし、

「主観入りすぎだろ!」

「“ラジエルの書”はわたしのメモのようなものですので」

 信じられないが、任意に空間をつなぐことが可能ということなら、玄関と図書館の扉をつなげたということだろう。それなら、帰ることもできるはずだ。

 あれ? 俺って案外肝が据わってるのか?

「で、そのラジエルが俺に何の用だ」

「イエス。レイ様には当図書館の館長となり、所在不明の原本を共に回収して頂きたいのです」

「却下だ」

 レイが言い放つと、ラジエルは何を言っているのか分からないという風に首をかしげ、言った。

「イエス。レイ様には当図書館の館長となり、所在不明の原本を共に回収して頂きたいのです」

「さっき、聞いた」

「イエス」

 こいつは同じことしか言えないのだろうか。

 ラジエルはそれを見透かしたように話を続けた。

「ですが、レイ様が館長になられないのなら、とんでもないことになります。レイ様はたかが本かとお思いになるかと。しかし、原本には読者が願えば、書かれた内容を“具現化”することが可能です。そして今回所在不明の“ハーメルンの笛吹き男”はすでに“具現化”しております。レイ様もご存じのはずです」


 “児童集団失踪事件”

 今さっきテレビの特集でやっていたものだ。


「それが、ハーメルンの笛吹き男の仕業だって言うのかよ」

「イエス。そして、もはや読者が制御できる範囲を超えています」

 その後は聞かなくてもわかる。

「そこで、レイ様の出番です。被害が拡大する前に“ハーメルンの笛吹き男”を当図書館へ戻す。それが、館長(レイ様)と司書わたしの仕事となります」

「だからなんで俺がやることになってるんだ!」

 レイは荷物を引っ掴むと、唯一のドアに向かって歩き出した。しかし、そのドアの先にも白い少女が佇んでいた。

「ハルナ様。ユキ様」

 そして、ラジエルは二つの固有名詞を言う。幼馴染と、妹の名を。

「何を驚いているのです? レイ様。わたしはラジエル。天界と現世の全てを知るもの」

 無表情で言い放つ。それが死刑を言い渡す死神のようだった。

「『常夜の図書館』にはこの世の全ての書籍が収められております。その中には禁書や魔導書の類も含まれております」

 そして、死刑宣告はまだ続く。

「レイ様が行うことはすぐその書類に署名サインをし、館長として原本を書庫に収めることでございます」

 首だけをラジエルの指した方へ向けると、いつの間にか下が空欄になっている紙と羽ペンが置かれていた。

 選択の余地は無い。

 レイは、羽ペンをとり、紙に署名する。すると紙は陽炎のように揺らめくと、消えてしまった。

 直後、ガチャリという音が聞こえ振り返ると、ラジエルが床に頭が着かんばかりの土下座をしていたのだ。先ほどの音は彼女が大きく動いた時に出た鎖の音だ。

「申し訳ありませんでした」

 レイは目を見開いたまま硬直する。頭が着いていかないのだ。

「当図書館の蔵書は、わたしが読んでも意味はありません」

 レイは唖然とした。

 それはつまり……

「何としても“館長”が必要だったのです。このような手段をとってしまったこと、深くお詫びいたします」

「じゃあ、お前が言ったのは、全部嘘だっていうのか……」

 すると、ラジエルは顔を上げ、その無表情を向けた。

「ノー。“ハーメルンの笛吹き男”は事実でございます。いずれはハルナ様やユキ様にも無関係では無くなるでしょう」

「……。」

 結局、断ることは出来ないようだ。

「レイ様。これを」

 そう言ってラジエルが渡してきたのは黒い万年筆だった。所々に金の模様が描かれ素人目でも安くはないとわかる。

「それは、館長の仕事道具であり、“常夜の図書館”への鍵です」

「鍵?」

「イエス。本日、22時。ドアの鍵穴に触れさせ、ドアをお開け下さい。ドアはどのようなものでも構いません」

 ラジエルはそういうと、目の前のドアを開けた。それはこの部屋に入ってきたものであり、出て行こうとしても同じ場所に戻ってきたものだった。

 しかし、今回は

「では、お待ちしております」

 レイはそんなラジエルの言葉を背に自室に立っていた。

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