第8話 新たなる日常
とっておこうかと思ったけど出しちゃう。
――異能災害対策室本部技術班。
支部にいたときは皆が好き放題していたが、ここでは勝手が違う。
周りの人間が真面目すぎるのだ。さすがの真人も少々居た堪れない。精錬されたセレブな空気に当てられて、肩身の狭い想いをしていた。
各々が独自の研究を掲げ、昇進のために切磋琢磨し合っているが、互いにフォローし合うことも忘れない。高尚なる精神ってやつか。美しき友情か。ましては蹴落とすなんてことは微塵にも感じられない。
とんでもない優等生ぶりだ。簡単に詐欺にでも引っかかりそうな連中である。
どちらにせよ、ついていけません。誰か助けてください。
各個人に課せられたノルマ。
毎日のグループミーティング(毎日一時間も必要ですか?)。週一でのレポート提出(書けません)。月に一度の論文発表会(何ですかそれ?)。半年に一度の昇進試験(勉強キライです)。
その合間を縫って研究が行われる。支部での本能に生きる研究バカ共とは違う。
筋道を立てて計画を練り結果を出し過程をまとめ、それを言葉にして説明。
何だそれ。俺にどうしろと?
レポートや論文なんざ作れるか。小卒をなめんなよ。
最近、声を掛けられることが多い。大概は心配する声だ。配属されてまだ三日。
同部署の先輩方に色々と聞くがさっぱり分かりません。分からないものは分からないのです。
先輩方は親身になって懇切丁寧に教えてはくれるが意味をなさない。しまいには苦笑いを浮かべて去っていく。
知恵熱が出すぎて熱暴走したため、本日の営業は終了しました。迷惑かけてごめんなさい。
真人はついに燃え尽きたのであった。
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「昼だー」
待ちに待ったお昼休憩。ここに来てからの唯一のオアシスである。何せご飯が美味い。格別に美味い。都会はやっぱり違うなー。
「うんうん。日本人はやはり和食だよな。」
目の前に並ぶのは豪華な食事。美味しそうな見た目につい頬が緩む。メインはホッケの開き。大根おろしが上に乗っていて、醤油をかけると最高だ。こっちは切干大根か。これも美味い。そして炊き込みご飯。ああーっ幸せだ。もちろんデザートは締めに取っておく。
もぐもぐと食べていると目の前の席に誰かが座る。
年上のお姉さんだ。白衣を着て眼鏡をかけた年上美人。知らない人である。翠色の長髪がセレブ感を漂わせている。アンナコトやコンナコトを色々とご教授してくれたら個人的には嬉しい。不思議に見つめているとそれを察したのか、気さくな感じで話しかけてくる。
「こんにちは。あなた技術班の新人君よね」
「あ、ハイ。えっと、どちら様でしょうか?」
「ああ、初対面だったわね。私も技術班所属なの。木ノ塚真由里よ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
技術班と言ったが、見かけたことがない。どういうことだ?
「見たことないけどって顔してるわね」
「い、いえ。すいません」
「ふふっ、良いのよ。私は普段出かけていることが多いの。昔は研究ばかりで良かったんだけどね」
はあっと溜息をつく白衣の眼鏡美人。それもまた絵になる。
「最近、教鞭とったり、お偉いさん方がいる所での技術説明会やらで、碌に落ち着けないのよね。
あなたが羨ましいわ。静かにレポートをまとめているときが一番幸せ。コーヒーでも飲みながらね」
左様でございますか。私には苦痛でございます。正に今、それで苦しんでいるのです。代わって頂けるのであれば是非にとお願いしたいのですが。
色々と話しているうちに食事を食べ終えてしまった。後半、味を覚えていない。
「あら、もう食べ終わったのね。先に戻ってても良いのよ」
できるなら、もう少しこの場でボーッとしていたいところだったが、気まずいので戻ることにする。
「それでは失礼します」
「ええ。またね」
立ち上がってその場を去ってゆく。その後ろ姿を見て、真由里がボソッと呟く。
「あの子が進藤先生の言っていた子か。大変ね、彼も」
切ない後ろ姿を見て少し同情する。だが先生が関わっているとしたら、あの子には何かある。
「面白くなりそうね」
進藤先生は今や超一流の異能者。政財界にも多大なる影響を持つ。彼が関係しているとしたら国家レベルでの問題だ。当然、彼女も関わるようになってくるだろう。
そんな事とは露知らず、肩を落として悲壮な顔で歩いていく真人。傍から見ると、失恋でもしたのかと心配する人もいる。
「はあ~、またあそこに戻るのか……」
彼の受難は続く。
XXXXX
最初の難関、研究技術レポート作成に一向に手がつかないまま、また貴重な一日が過ぎ去ろうとしている。明日で四日目。週休二日制なのでレポート提出まで残り二日。徐々に追い詰められていく真人。次第に顔色が悪くなっていく。
(最近食事も喉を通らない気がする。栄養不足なのか少々痩せたんじゃないか)
昼にもりもりと食事をとっていたことなど忘れて、自分で自分を追い詰めていく。
(はあ、あの自由な日々が懐かしい。俺にはあの空気が肌に合っていたな)
支部の状況がおかしいだけであって、本部が正しいとは露ほどにも思わない。
しまいにはこんな雁字搦めな環境で良く平気だな、などと感心する始末。
真人にとっては驚くことばかりである。そして今一番驚いているのが、
「柊、レポートの調子はどうだ?」
(アンタ誰だ?)
あのサボりの鬼こと班長山科が真面目に上司をしているのである。ちなみに俺の上司は再びコイツである。何で本部の班長なのかは不明だ。
ともかく無関心適当男が部下を心配しているのだ。違和感は拭えない。
「ん? どうした?」
「……ナンデモアリマセン」
疲れた。最近精神に負荷が掛かりすぎている。
班長までがあの態度。疎外感を感じすぎて虚しくなる。知らずと足が動き、休憩に逃げることにする。
(もうやめようかな。でもやめてどうする。昔の仕事は嫌だしな。アルバイトでもするか)
ぐるぐると堂々巡りの思考を落ち着けながら部屋の入口に向かう。
誰にも気付かれないように部屋を出ていこうとそっとドアを開ける。
「失礼します。実戦班所属、大和歩であります」
ドアを開けた先には懐かしい顔があった。
これでストック切れ。




