第7話 腐れ縁の班長様
まだ使い慣れない。
引越し先に到着。荷物が運び込まれ、住所や公共料金などの変更手続きまでを一通り完了する。
「フゥっ、やっと終わったか」
実際そこまでの荷物はなかった。簡単なものである。あの朝礼から支部には顔を見せないまま、こっちに来た。神隠しにでも遭ったかのようにいつの間にか居なくなっただけ。蛇足だが、協調性のない第二十八支部技術班に送迎会などはなかった。それは歴代の先輩方も同様であったのだが、面識のない真人が知る由もない。
それで良いのか社会人。――などとは思わない。適当こそが我が人生。それくらいあの場所は自分に合っていたようだ。
「クソっ、入社五ヶ月で本部へ移動なんて……普通なら喜ぶんだろうが」
あいつらも居るんだろうな。他部署だから会うことも滅多にないだろうが。二ヶ月ほど前の悪夢を思い出し憂鬱になる。願わくば平穏でいられますように、と切に願うのであった。
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転勤後初の出勤日。
とあるアパートの一角でやる気のない男が目覚めた。時間を見ると朝六時。
ここから職場まで電車で一駅。徒歩と合わせて三十分といった所である。
始業時間は八時半。七時半に出れば余裕である。準備に二十分程度かかるので七時に起きれば十分である。一時間も早く起きてしまった。初日のせいか、早く起きてしまったようである。
「ふぁ~あ、今日からか」
遠い目をして様々な思いにふける。次第に頭が覚醒してくる。欠伸をしながら気だるげに布団から出る。
ボリボリと尻を掻きながら、リビングに向かう。髪はボサボサで口元で涎が乾いている。とても人様にお見せできる光景ではない。
顔を洗い歯を磨く。髪を梳かしてセットする。
朝食を食べようと冷蔵庫を開ける。何もなし。そういえば、引越しから今日まで外食ですましたんだっけ。普段、面倒くさがりな真人だが、食事には手を抜かない。自分で作ることが多い。とは言っても、そこは真人。気分次第でパスすることも多々ある。
食べるものが何もないので、途中で買っていくことにする。
家近くのコンビニによる。そこで見知った顔を発見する。
「古沢さん!」
「ん? おお、お前は確か柊か」
「はい、そうです。お久しぶりですね。この辺りに住んでいるんですか?」
「ああ、そうだ。お前もこの辺りなのか?」
「はい。あのアパートです」
「ほう。家の近くだな」
近くなのか。何かあったときに頼れるな。古沢さんなら安心だ。
「じゃあ、ご近所ですね。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそな。お前も元気そうでなによりだ。こっちに転勤なんだってな」
古沢さんはもう知っているようだ。……ということはあの男も知っている可能性大だな。嵐の予感がする。
「……はい。そうです。今日からです」
「そうか、大変だなお前も。まあ出世したんだから頑張れ」
「そうですね。頑張ります。ところでお一人ですか?」
「ん? ああ、まあ……な」
「?」
古沢さんの挙動がおかしい。何だろう。
「そろそろ俺は行くぞ。お前も遅れるなよ」
「え? あ、はい」
足早にその場を去ろうとする古沢さん。店を出ると誰かと合流した。女性だ。同僚か? それとも奥さんとか。ん? あの女性、どこかで会ったことがあるような……誰だったっけ……ま、いっか。
相変わらず適当な真人であった。
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駅に到着。切符を買って改札口を通る。サラリーマンは定期券なるものを買うと聞いたが、分からないので取り敢えず切符だ。何か人が多いな。ホームに出る。うおっ。何だこの人集りは。こんなに乗れるのか?
「きゃっ」
ん? 誰か躓いたぞ。誰も助けないのか? 辺りを見渡すが、皆無視である。都会人は冷たいというが本当だったのか。
「大丈夫?」
倒れている小柄な少女を引っ張り上げる。茶髪のツインテール娘だ。制服を着ているってことは学生か。
楽しいんだろうな、学生生活。はあ、俺の青春時代をアレだからな。昔の仕事漬けの日々を思い返し、何て人生なんだと感慨に耽ける。失った分、これから楽しむんだ。そう心に誓う。
茶髪少女は顔を真っ赤にしてお辞儀をする。
「あぅ。あの、有難うございました」
「どういたしまして。気をつけてね。こんなに人がいるんだからさ」
「はい。親切にどうも」
「いつもこんなに人がいるの?」
「?」
「俺、今日が初めてなんだよね」
「そうなんですか? 毎日こんなものです」
「そっか……毎日ね……」
また一つ問題が浮かび上がった。毎日これは勘弁したい。皆平気なのか? これが都会人パワーか。
遠い目をして軽くトリップする。最近こんなんばっかだよな。現実トリッパーにはなりたくない。
「どちらまで行かれるんですか?」
「えーっと、次の駅なんだけど……」
「次ですか? 近いですね。それなら都営バスの方が早いと思うのですが……」
何? バスですと? そんな手があったのか。
「そっちは空いているの?」
「はい。電車よりは乗れますよ。あ、でも今日はもう電車の方が早いですよ。あっ来ましたよ」
電車が来る。既に満員である。というか、扉にへばりついているぞ。あれにどうやって乗り込めというんだ?
電車が停車し、扉が開く。中から人がわんさか出てくる。電車内の人が減った。でもちょっぴり。
人混みが動き出す。うおっ何だ。勝手に流されていくぞ。おい、押すな。痛い、痛い。
そのまま車内に自動でイン。何だこの自動人力システムは? まあ、乗れたから良いけど圧迫されて苦しい。
「大丈夫?」
目の前に先程の少女がいた。小柄ながらに潰されそうである。
「はい。慣れてますから」
こんな少女でも慣れるものなのか。俺は慣れたくない。明日からは絶対にバスを使う。
やがて駅に到着する。押し込まれていて降りられない。
「すいません。降りまーす! じゃあね」
茶髪少女に分かれを告げ、強引に人混みをかき分ける。何とか降りられた。どっと疲れが押し寄せる。まだ出勤前なのにこのザマだ。
これからが思いやられる真人であった。
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駅から歩いて十分。それらしき建物が見えてくる。
「ここが防衛省本省庁舎か。でかいな」
まずは受付だな。来てからのことは何も聞いていない。あのクサレ班長の手抜き具合が分かる。まあもう会うことはないけどな。
「あのう、すいません。異能災害対策室技術班の職場はどこでしょうか?」
「失礼ですが、どなたかと面会のご予約をされていらっしゃいますか?」
「い、いえ……」
受付のお姉さんが訝しげにこちらを見つめる。やめて、変な性癖に目覚めちゃいそう……などと言っている場合じゃないな。不審人物と思われてそうだ。警察でも呼ばれたらたまったものじゃない。
「身分を証明するものはお持ちでしょうか?」
「いえ、あの今日からこちらでお世話になることになっているのですが……」
「新人の方ですか? 少々お待ち下さい……失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「はい。柊真人と申します」
「柊さんですか。只今確認致します。少々お待ち下さい」
お姉さんがどこかに電話をかけている。このお姉さんは美人だな。だが生憎、俺の好みは愛理ちゃんみたいなおっとりさんだ。このお姉さんは美人なだけにトラブルを呼び込みそうである。俺のタイプではない。ジロジロとお姉さんを観察する。そろそろ電話が終わるようだ。
「はい、ええ……そうですか。分かりました。そのようにお伝えします」
ガチャリと受話器が置かれる。どうなったんだ?
「柊さん」
「はい」
「只今、こちらに担当者の方が向かっているそうです。そちらで掛けてお待ちください」
「はい。分かりました」
「フフ。そんなに堅くならなくてもいいのよ。私は受付の春日井日向よ。よろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
美人は彼女にはしたくないが、目の保養にはなる。特にこのお姉さんは発育がよろしい。胸しか見えないが、Eはあるな。柔らかそうだ。ぼんやりと胸を見ているとお姉さんが気付いたのか、目線がキツくなる。さりげなく目線を横にシフトする。
数分後、再びお姉さんのお胸に視線を戻すが、ジャストのタイミングでこちらを向く。笑顔だが目が笑っていないようにお見受けする。冷汗が止まらない。誰か分からないが早く来てくれないかな。俺も健全な男子なのですよ。無意識に目がいっちゃうのは仕方ないんですよ。
「おう、来たか柊!」
そのとき、聞き覚えのある声が聞こえた。俺が一番聞きたくない声である。幻聴かな? そんな筈はないのだが。声のする方へと視線を向けると悪夢の主がいた。何でだ。何故なんだ。
本部に強制連行されて配属当日。目の前には真人にとっての天敵が再び現れた。
諸悪の根源、山科宗次郎。
「何でアンタがここにいるんだーーーーーー!」
「まあよろしく」
こうして変わったようで変わらない日々が過ぎ去っていく。




