閑話 ある男の暴走溺愛記3
続きです。
あの時はこういうことだったのか、という話もあります。
古沢さんの天然振りが発揮されます。
異形討伐から二ヶ月後。
毎朝、清香が送り迎えをやってくれる。加奈と共に車に乗って出発。
いつも通り、近くのコンビニに寄って飲料を購入。コンビニを出ようとするが――
そこで誰かに声を掛けられた。
「古沢さん!」
「ん? おお、お前は確か柊か」
柊だ。二ヶ月ぶりである。どうしてここにいる?
そういえば、転勤とかいう話を聞いたな。今日がそうか。
「はい、そうです。お久しぶりですね。この辺りに住んでいるんですか?」
「ああ、そうだ。お前もこの辺りなのか?」
「はい。あのアパートです」
「ほう。家の近くだな」
家の近くに引っ越してどうするつもりだ。
まさか、加奈を狙って。娘(仮)はやらんぞ。
「じゃあ、ご近所ですね。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそな。お前も元気そうでなによりだ。こっちに転勤なんだってな」
「……はい。そうです。今日からです」
「そうか、大変だなお前も。まあ出世したんだから頑張れ」
「そうですね。頑張ります。ところでお一人ですか?」
「ん?ああ、まあ……な」
「?」
ヤバい。朝は清香と加奈が車で待っている。
隠すことでもないが、やはり気恥ずかしい。
そこで清香が遅いのを不審に思ったのか、こちらまでやって来た。
話を切り上げてさっさと行くことにする。
「そろそろ俺は行くぞ。お前も遅れるなよ」
「え? あ、はい」
そのまま足早にその場を去っていく。ふぅ。バレてないだろうな。
その後、仕事場に到着。清香と分かれる。
「じゃあな」
「ええ。また帰りにくるわ」
簡単な挨拶をしてその場を後にしようとしたが、加奈がとんでもない爆弾を落としてくる。
「二人共、キスしないの? お別れのチュッてやつ」
「「はっ?」」
この子は突然何を言い出すのだろうか。そもそも清香との事はまだ内緒にしている筈。バレていはいない。入籍日に吃驚させようと清香と約束している。
その状況でキス? 我が娘(仮)ながら何を言ってるんだ?
「加奈!」
「アハハッ、冗談だよ」
もしかして何か勘づいているのだろうか。だとしたら恐ろしい子である。
そのままキスはしないで清香と別れた。本当は無性にしたかったのだが、そこは自制だ。
ロビーで加奈と別れ、実戦班の仕事場に向かうことにする。普段の実戦班はひたすら特訓である。命に関わるためにそこは妥協しない。
訓練所に向かう途中、見覚えのある顔を見かけた。確か、支部にいた技術班長だと思ったが……。
「おはようございます」
すれ違い様、キリッとした顔で挨拶をされる。支部の時と感じがまるで違うな。まるで別人、双子か?
頭に浮かんだ疑問はどうでも良いので放置することにする。
柊と再会して数日後。
実戦班長にまたしても呼び出された。
どうやらまた異形討伐らしい。
二ヶ月前に異形を討伐したばかりであるのにまた俺、しかも加奈まで一緒だという。
流石にここは苦情を言っておこう。
「どういうことですか? 我々はこの間、行ってきたばかりですよ。人材なら他にもいるじゃないですか」
「上からのお達しだ。前回の経験を活かして選ばれたそうだ」
「……そうですか。分かりました」
仕事とプライベートを一緒にする訳にはいかない。
クソッ、何故こんな事になった。
異能災害対策室本部の一階ロビーに集合のようだ。
早速行くと、大和一人だけがそこにいた。他はまだ来ていないようだ。
「古沢先輩、おはようであります」
「ああ、おはよう。相変わらず元気だな」
普段から元気な奴であったが、今日は一際元気がある。
「知っているでありますか? 柊君が本部に移動してきたであります」
「ああそうだな。この間会ったぞ」
「そうでありますか!? 今度から本部の同僚であります」
何故か嬉しそうに語る大和。加奈だけでなく大和も狙っているのか、柊。意外と軽い奴なのか?
そんな話をしているうちに丁度皆が集まってきた。気を引き締める。
「あ~っ、俺は遺跡探索班の古矢虎徹です。今回は俺がリーダーをやるってことになりました。古沢さん、よろしいですか?」
「お前の方がランクは上だ。かしこまる必要はない。俺は実戦班の古沢彰。皆、よろしく頼む」
「じ、自分は実戦班所属、大和歩であります。今度、遺跡探索班の方でお世話になるであります。古矢先輩、よろしくお願いするであります」
「おう、よろしくな」
「医療班、夏目加奈です。よろしくお願いします」
どうやら新しく文化庁から移動してきた遺跡探索班のA級ランカーが今回のリーダーのようである。
それは問題ない。年齢ではなく実力の世界だ。
大和と加奈も丁寧に挨拶をするが、ここまでは問題ない。
問題は別の人物。
「俺はA級ランカーの更科狂一だ。お前ら足引っ張んじゃねえぞ」
更科が見下すような口調で自己紹介を始めた。
こいつが問題児だ。
「更科? あの噂の<羅漢>……実戦班じゃなかったかしら? 古矢さん、技術担当はどうしたのでしょうか?」
「ソイツが技術担当を兼任する」
加奈の疑問は最もだ。こいつは実戦班員の筈だ。
通例では、実戦班員三人に医療班員と技術班員が一人ずつの計五人の組み合わせの筈。
だが嫌そうな顔をする古矢を見る限り、古矢も乗り気ではないようだ。
「俺は優秀だからな。元々技術班員だったが実戦向きってことで引き抜かれたんだよ。ホレ」
「そういうことだ。早速だが出発するぞ」
貴重な魔濃レーダーを雑に懐から取り出す。
こいつ、柊とは別の意味で大丈夫か?
良い噂を聞かないからな。
まあ良い。出発だ。
異能災害対策室の専用ワゴン車に乗る五人。
「俺は助手席に乗るぜぇ」
「運転は俺がします。古沢さんとそこの女子二人は後部座席に座ってください」
「すまんな」
「了解しました」
「了解であります」
古矢が運転、助手席に更科、後ろに俺を挟むようにして他三人が乗り込んだ。
「お前ら、今回の件、とんとん拍子で事が運んでしまってすまんな」
始めに加奈と大和の二人に謝っておく。
成り行きとはいえ、今回の異形討伐に巻き込まれたのだ。やるせない気持ちで一杯である。
「古沢先輩のせいではないであります」
「そうよ。あき……古沢さんは関係ありません」
そう言ってもらえると俺も救われる。
しかし前席に座っていた問題児が和やかな雰囲気を台無しにする。
「何だ? お前ら、お熱い涙感激の小芝居やって何が楽しいんだ?」
何だこの男。協調性は皆無か?
隣を見ると加奈が渋い顔をしている。考える事は一緒のようだ。さすが親子(仮)。
大和の方は普通の顔をしていた。
こいつ面の皮が厚いのか? まさか天然ではあるまいな。
「おい、更科。余計な茶々を入れるんじゃねぇよ。これから戦闘だ。和やかに行こうぜ」
「何だ、アンタもそっち側か? まあ、俺にゃ関係ねぇさ」
「なら大人しくしているんだな」
古矢に怒られるが更科に反省の色はなし。成程、確かに問題児である。
ここから到着するまで全員終始無言であった。
貴重な親子(仮)トークのひとときを邪魔された。不覚。
やがて瑪瑙の遺跡に到着した。
遺跡という割にはショボイ場所だな。
少し離れた場所で車から降りて、化獣や異形の気配を慎重に探りながら遺跡入り口まで歩いていく。
途中まで行ったところで前方に黒いものが見えてくる。何だ?
ふと更科が視界に入ったとき、奴は狂ったような笑みを浮かべていた。
何だ貴様、おかしなものでも食したのか?
「どうした? 更科」
「フハハッ、こいつは面白ぇ~。魔素の乱れが半端じゃねぇ。こいつは大物がいやがるぜぇ~」
「大物? 確か二ノ宮が言っていたな、只の異形ではないと……」
「大物を中心に小物がわんさかと湧いてきている感じだ。こちらの神器は一つ。神器無しでやり合うハメになるぜぇ~」
「あれが入口かぁ~。どうやら大物は遺跡内部にいるな。小物はホレ、あそこに数体出現してやがる」
古矢と更科のやり取りを聞いていたが、不穏な内容が多分に含まれていた。
どういうことだ? 只の異形ではない? 大物?
その時、嫌な予感を覚えた。まるで六年前のような……。
近づくにつれて、黒いものの正体が分かってしまった。あれは異形だ。犬の姿をしている。
ふん。どんなに可愛らしい姿を装っても俺の目は誤魔化せんぞ。
加奈に危害を加えるものには容赦せん。
「止まれ」
古矢の指示が飛ぶ。いよいよか。
だが全員が真剣な表情をしている中、またしても更科だけが不敵な笑いを浮かべていた。
何だこいつは? 笑い停止成分欠乏症か?
「遺跡の内部には試験生達がいた筈だ。先輩達がいるから心配ないと思うが、万が一のこともある。一応早めに知らせておいた方がいいな」
そうか、今日は遺跡探索班の選定試験だったな。
いつもであれば俺はリーダーとして指示する立場なのだが、今回は一班員。
リーダーである古矢の判断に任せる。
一班員とはこんなにも気楽な立ち位置なのか。その分リーダーは責任重大だな。次回から気を引き締めなければな。
俺も出世したものだ。もしかして貫禄が出ているのかもしれんな。加奈にパパ(仮)の偉大さを見せつけなければ。
声をできるだけ渋く調節して古矢に問い掛けることにする。
「どうする?」
「俺が外の異形を抑える。四人は内部に入って先輩達に知らせてきてくれ」
「そんな。危険であります」
「外は俺一人で十分だ。古沢さん、神器は預けます。中は任せますよ」
神器を手渡された。これを持つのも二ヶ月ぶりか。早くないか?
他にも実戦班の暇人は沢山いる筈であるが……。
いつも訓練ばかりなんだ。偶には実戦にも回してやるのも上の気遣いだろうに。
だが仕事は仕事。リーダーの指示に従うまでだ。
「了解した」
「チッ、中に入るぞ」
「更科、妙な真似はするなよ」
「分かってますよ、先輩」
更科が舌打ちをした。貴様、社会人を舐めているのか?
古矢がリーダーらしく釘を刺したので俺の溜飲は下がった。
奴に感謝するんだな。俺のマグナムパンチが火を噴くところであった。
おっと、更科が一足先に中に入っていったではないか。それは俺の役目だぞ。
先輩を立てないとは、全く気のきかない奴だ。
慌ててヤツを追おうとしたが、ここでとんでもない内容を聞かされることになった。
「古沢さん、あいつには気をつけてください。六年前の事件の事もある」
「……六年前だと?」
おい、どういうことだ? 何故ここで六年前の事件が出てくる……もしかしてアイツが関係あるのか?
加奈を見るが震えている。可哀想に。やはりまだ覚えていたのか。
ここはパパ(仮)パワーを全開にして護ってやらねば。
「更科があの事件に関わっていると?」
「知っていたんですか……なら詳細は知って?」
「ああ」
当然だ。むしろ俺と加奈は当事者の一人。
あの日の謙介の姿が目に焼きついて離れない。加奈も同様であろう。
「この子はアイツの娘だ」
そう、この子はあいつの残した一粒種。
俺の娘(予定)でもある。
「そうか、夏目……確かそんな名前だったか。じゃあ、アンタは……」
古矢が驚いている。知らないのか? そういえば箝口令が敷かれていたな。当然か。
「……俺はアイツの親友だった」
そう、親友だったのだ。ここで古矢が悲哀に満ちた目で俺を見てくる。
俺は心配ない。もう乗り越えたのだ。
それよりも加奈を……いや、加奈は良い。妙なフラグを立てる訳にはいかない。
「とにかく気を付けてください。ここで何が起こっているかも分かりません」
古矢はそれ以上聞いてこなかった。
こう見えて空気の読める男らしい。
気をつけろ、か。その通りだ。何か胸騒ぎがする。何が起こっているのだ?
何があろうと加奈だけは絶対に護ってみせる。
五分割は長いですね。
作者としても苦肉の策であります。




