第22話 使徒
続きです。
――六年前。
夜も更けた頃。
月明かりで照らされるように住宅街の一角で事件は起きていた。
古沢の目の前には一体の異形と、互いに抱き合う二人の女性の姿。
女性は一人が妙齢の女性でもう一人は中学生くらいの女の子である。
異形は全身真っ黒で所々に赤い模様が入っており、髪色は水色だが肌色までが黒だった。
顔半分に黒い皮膚が露出し、もう半分は赤い仮面で覆われていた。
「あ、あなた?……その格好はどうして?」
「に、逃げ……ろ……清香、お、俺か……ら離れ……ろ」
「パパッ! どうしたの?」
親友が妻である清香と娘の加奈に襲いかかるのを必死に抑えているのが分かる。
だがそれもどうやら限界のようだ。目の光が失われていくのが分かる。
それを理解したところで、この状況でどうして良いか分からない。
どうしたら皆が救われるのか。
そればかりを考えてしまい、非情な選択ができないでいた。
「グガガ……あ……きら……お、俺……を……殺し……てく……れ」
「何を言っている? 諦めるな!」
異形と化した親友の謙介が古沢に救いを求めている。残酷な方の救いをである。
この道で生きてきた人間として情けないことに躊躇してしまう。
懸命に動こうとするも、手も足も一向に動かない。
「早……く……理性……が消え……そうだ」
侵食されながらもこの先に起ころうとしている悲劇を回避すべく、自身の討伐急かす謙介。
だがそれでも古沢は動けない。
古沢が躊躇っていると横から飛び出た真道寺が炎の槍を突き刺す。
妻娘は気絶している。いつの間にか真道寺が行なったようだ。
「あり……が……とう」
刺された部分から発火して全身に燃え移っていく。
「す……まん。最……後に一……目会いた……かった……」
謙介は燃え尽きながらも家族に謝罪の言葉を残して消えていく。
やがて一欠片もなく消滅する謙介。
その結末に呆然としながらも古沢は真道寺に怒りを向ける。
「真道寺……貴様、何故殺した!」
「こうなったらもう戻れません。彼の想いを無駄にする気ですか? このままではいずれ家族に手を掛けることになります。彼を苦しませないためにもこうするのが一番だったんですよ」
「……!? くそっ……何故だ! 何故こうなった!?」
古沢は自分でも分かっていた。こうするしかないと。
暗闇に古沢の叫び声だけが轟いていた。
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瑪瑙の遺跡、最上層部広場の上空に立つ黒髪に白い仮面を被った男の姿。
黒を基調とした中に白い線が幾つもの模様を描いたような鎧や服を着ている。
全身から湯気のように黒霧が湧き上がっている。
「ほう。そこの小娘は異形と化しましたか。しかし、力が足りませんでしたね。侵食が不完全だ」
仮面の男はずっとその場にいて、先程までの更科達のやり取りを観察していたようである。
しかし誰もその存在を感知できていなかった。
完全に気配を絶っていたのである。
「ですが、あの男……素質がありますね。私が力を貸してやりましょうぞ。ほほほっ」
男はそう呟くと捻れるように歪んだ空間と共に消えていった。
――瑪瑙の遺跡、最上層部通路。
更科は低位の異形を倒しながら一人で進んでいた。
「ハハハッ、神器なんて無くてもやれるじゃねえか!」
更科の鎧から伸びた四本の手が天導の力で強化される。
伸縮自在のその手が四方から異形を殴り倒す。
A級ランカーの天導により強烈なパワーを発揮する波導護服。
その力で異形をも寄せ付けない強さを魅せつけていた。
「これで三匹め!」
数十発の殴打を受けて流石に砕け散る異形。
元が鋼鉄騎士と呼ぶ化獣であったそれは砕け散ると煙のように消えていった。
「ふうっ、もういねえか。あとレーダーが反応しているのは……あっちか」
異形で遊んでいた更科。
次の獲物と遊ぶべく通路を移動することにする。
そんなご満悦状態の更科の前に白い仮面の男が姿を現す。
「ごきげんよう、資格を持つ者よ」
「誰だ、テメェー!?」
突如、空間から現れた仮面の男に驚愕して身構える更科。
姿かたちから異形の一種であると判断できるが、その雰囲気が只者ではないと言っていた。
「私は使徒です」
「使徒? 新手の宗教団体か何かか? お呼びじゃないな」
聞き覚えのない『使徒』という言葉。
強烈なプレッシャーの中、冷や汗をかきながらも余裕の姿勢を崩さない更科。
それを見た仮面の男は面白そうにフレンドリーに話しかける。
「そう邪険にしないでもよろしいでしょう。これから仲間になるのですから」
「フハッ! 何訳の分からねえ事をほざいてやがる! テメェも異形だろ? 俺の餌食にしてやるよ!」
危険を感じて即座に戦闘体制に入る更科。
そんな状況でも仮面の男はのんびりと更科を観察していた。
「なかなか、良い染まり具合ですな。負のエネルギーが良い具合で馴染んでいる。侵食もかなり進んでいますね。貴方なら立派に我らの仲間入りができるでしょうな」
そう言うと仮面の男が掲げた手の平から黒霧が吹き出す。
「何だと!?」
「新たな眷属の誕生だ!」
黒霧が更科に襲いかかる。
抵抗することもできずに更科が黒い霧で覆われていく。
「何だ、これは! おい、やめろ! 何してん……グ……ガガ」
因果は巡る、とは良くいったものである。
加奈達親子にした仕打ちのツケが自分に回ってきたかのようであった。
更科が黒い霧に囲まれて異形と化していく。
「おや、誰ですか?」
異形化する更科を見つめていた仮面の男だが、ふと気配を感じて声を上げる。
「見つけたぞ、使徒!」
通路の先から虹色の髪の少女が姿を現す。隣には銀の髪の青年もいる。
「はて、どなたですかな?」
「誰でも良いだろう。敢えて言うならお前らを討ち滅ぼす者だ」
「ほう、大きくでましたな」
互いに余裕を見せつけ合う二人。銀髪の青年は静かに傍観している。
虹髪の少女は仮面の男の後ろにいる異形更科に目を向ける。
「アレは新しい眷属か? ならばアレも一緒に滅ぼしてくれよう!」
「ほほほ。彼は生まれたばかりの赤ん坊ですよ。無理を仰らないように。貴方達の相手は私が致しましょう」
言葉を交わし合いながら臨戦体制に入る二人。
さらに仮面の男は異形更科に指示を与える。
「さあ、坊や。遺跡を出なさい。入り口に戻るのです」
「逃すか! 追え、リシェン!」
異形更科がその場を去ってゆく。
リシェンと呼ばれたのは銀髪の男。
男は異形更科を追うように言われたにも関わらず一歩も動かない。
その男の姿に業を煮やす少女。
「リシェン、何故追わない?」
「俺の役目はお前を護ることだ。アレはここの連中が倒すだろう」
冷静な男の発言に少女は渋々と引き下がる。
再び仮面の男と向かい合う。
「準備はよろしいですかな?」
「ふん。余裕をこいていられるのも今のうちだけだ」
余裕な態度を崩さない仮面の男に、少女は意味ありげな発言をする。
直後、少女は腰にぶら下げていた剣を抜き放つ。
抜き放たれたその剣を見て仮面の男の余裕が崩れる。
「なっ!? そ、それは神器『聖なる王剣』! 何故、ここにある!?」
「ふふ。お前らが今までで最も危惧してきた最上位神器だ。流石に平静ではいられまい」
「まさか、貴方は!?」
少女の正体に気付く仮面の男。
それを合図にしたかのように少女は仮面の男に襲いかかる。
――瑪瑙の遺跡、最上層部広場。
加奈を励まして必死に繋ぎ止めている古沢。
その横で状況を見守っていた大和だが、通路の先から誰かがやってくるのを見てそちらに意識を向けた。
目を凝らすとかすかに姿かたちだけが分かる。
独特の歪な鎧の形状からその人物は更科だと判断した。
「古沢先輩、更科先輩が戻ってきたであります」
「何だと?」
「ですが……何か様子がおかしいような……」
何故か更科が戻ってきた。どういうことであろうか。
だが更科の様子がおかしい。
再び目を凝らしてみると加奈と同じように黒い霧のようなもので覆われている。
只加奈とは違い、顔全体に白い仮面のようなものをしている。
それを見て、更科が加奈と同じように異形と化したことを瞬時に理解する古沢。
「あ、あれは更科か……何で奴まで異形に……?」
「異形!? さ、更科先輩がでありますか?」
異形更科はある一定距離まで近づくと急に速度を上げて走ってきた。
危険を察知した古沢は大和に指示を飛ばす。
「やばい! 大和、防御に専念しろ!」
「それと圧魔筒を放て! 外の古矢か、下にいる連中に伝わる筈だ」
その言葉を聞いて大和が頷き、直ぐ様圧魔筒を放つ。
ブゥゥゥゥゥゥン…………ドォォォォォォン……
害のない淡い魔素が圧縮され、解き放たれる。
「よし、これで下の連中が気付く筈だ」
数分経てば、下の連中がやってくるだろう。それまでもてば良い。
古沢は神器の力を最大限にフルスロットルする。
大和も地導で『薄光之刃』を作り出す。
「なっ!?」
古沢達の準備が整うのと同時に、異形更科が恐るべき速さで古沢の前に躍り出る。
「クカカッ」
異形更科が愉快そうに笑いながら攻撃を仕掛けてくる。
古沢はそれらを躱してゆく。
何合目かの攻撃の後、古沢の脇から大和が飛び出て、下段からの切り上げを叩き込む。
天導によって強化された腕でそれを受け止める異形更科。
今度は大和との打ち合いが始まる。
それを見て古沢が不思議そうな顔をする。
更科は仮にもA級ランカー。それが異形の力を手にしたのだ。
この程度な筈がない。
「手加減されている?」
否、弄ばれているのだ。
地の更科の性格が出ているのか、こんな状態でも手加減されているようだ。
だがそれはこちらにも好都合。
古沢は異形更科を挟んで大和と反対側に躍り出る。
「ハアッ」
今度は古沢とも打ち合いになる。
古沢と大和の二人を相手にしていても一向に攻撃が通らない。
遊んでいるとはいえ、元A級ランカー。
とんでもない膂力で押してくる。
この状況は、いなしている大和はともかく、受け止めている古沢にとってはきつい。
強力な拳打の前に、最大限の神器の力をもってしても捌ききれなくなる。
「グアッ」
「キャアッ」
衝撃で吹き飛ぶ古沢。
大和もその後、吹き飛ばされる。
愉快そうな笑みを浮かべて古沢に襲いかかる異形更科。トドメをさすつもりだ。
「クッ」
異形更科の攻撃が古沢に迫る瞬間、突如、異形と化した加奈が立ち塞がる。
異形対異形。
しかし、地力に差があるのか、異形加奈が弾き飛ばされる。
「加奈!? 意識があるのか?」
異形更科が再び古沢を標的に定める。
そこで――
「古沢先輩!」
大和が加勢に入る。地導刀の一閃。
不意を突かれた異形更科が弾け飛ぶ。
「無理するな、大和! 下がれ!」
「自分も古沢先輩と同じB級ランカーであります。力を合わせれば何とか持ちこたえられるのであります」
古沢の気遣いに冷静に現状を判断する大和。
この場で一番冷静なのは大和のようだ。
「すまん、そうだったな。二人なら何とかなるか……」
「そうであります!」
再び二対一の死闘が続く。
援軍が到着するまでの死なないための戦いが今始まった。
徐々にクライマックスに近づいていきます。
31話ぐらいをエピローグに予定しています。
……まだ遠いね。




