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妖の霜夜  作者: 蒼月
精神は強く
2/3

第二話

とても甘美だった。このようにそそられる香りは今まで嗅いだこと無い。


頂点に達した怒りと欲望の赴くままに猛然とその香りがするそれに突進する。


目に定めたのは真っ赤な真紅の色に胸を染めた、事切れたばかりのモノ。


それに噛みつく。まだ生暖かいそれから漂う甘美な濃い香りが鼻を突き、


何ともいえぬ美味な味が口の中を支配する。


そして消えた。有るべきものが。
















Ж



意識は自然にゆっくりと浮上した。湿気ているのに不快じゃない。


うう、頭が………じわりとバットで殴られたように鈍く頭に痛みが広がった。それに喉が痛い。すごく喉が渇いてるみたいだ。そして物凄い倦怠感。


こんな状態で起きたこと無いんだけどなあ。つん、とかび臭い匂いが鼻をついた。何?ここ私の部屋じゃないの…?ああ!眠い。此処何処か解らないけどもう一寝入りしようかな。


そのまま横に寝返りをうつとドオォンッと巨漢の相撲取りが跳ねたような地響きがした。


え?何?――――


咄嗟に身を起こした。何時もより視線が高い。頭なんか天井について狭かった。動きにくいんで身を屈めた。見渡すと鉄の長い棒が狭い間隔で縦に並んでいた。外は狭い石畳の通路が続き松明があった。なんで鉄の牢屋みたいな所に入れられてるんだろう。試しに天井を見上げればやっぱり鉄製の頑丈そうな天井があった。なら床も鉄製の。



『え』


下のほうに目をやると先の細いつるりとした長い艶やかなヒモのようなものが垂れていた。私が顔を右に振れば右に動き、左に顔を振れば左に動き頬っぺたに当たった。自分の顔についてるのかな、という思いに駆られて先のほうから目で追うと………やはり、それが繋がっている先は、私の顔だった。顔は鼻が伸びて黒い鱗が生え人中穴等の鼻と口の間の空間がなくなってトカゲのように口が裂けていた。長い舌で歯並びを辿るとは鋭い歯がゾロリと生えているのがわかった。その中でも犬歯だったところの歯が極めて長く鋭く尖っていて長すぎて口に収まらなかったらしく口の側面で交わっていた。今の視野では穴のような鼻の先まで見て取れた。嘘だ、嘘だよこんなの、


『嘘に決まってる。こんなの幻覚かなんかに決まってる!』


悲鳴のような声をだして私は自分の体を見渡した。


首と同化した鱗のある長い胴。


ファンタジーで描かれるドラゴンようなガッシリとしたとした手足に鋭い鍵爪のついた四本の指。


長い首で背中を見上げると頭から尾にかけて真っ白で青が混じったたてがみ。そして頭が重いと思って鏡のように光っている鉄の床に顔を映すと鹿のように四本に枝分かれ奇妙な紋様のような形している太い対の二本角が頭頂部に陣取っていた。普通にRPGで描かれている竜ではなくて神社の絵馬に書いてあるような羽の無い竜だった。


試しに足を動かしてみた。床のつるつるとしていることやひんやりした冷たさも感じ取れるし匂いも感じとれた。私が慌てていると長い艶やかな髭は逆立つように持ち上がったし、薄い白いお腹の鱗も逆立った。体の五感はちゃんとあった。偽りなく私の体であることは間違いない。


嗚呼、なんでだろう。信じられない。龍になってしまった経緯がまったく記憶に無い。通学路を何時も通り帰っていたことしか記憶に無かった。あと覚えているのは普通の高校生で普通に家族が居て兄弟が無く一人っ子だったこと。使って約三年のパソコン。周りと違って内弁慶で友達と呼べる存在が居なかったこと。小中学生のころと小さい時の懐かしい記憶。それらしか覚えてなかった。

とにかく私は凄く混乱していた。


                           

「・・・・・・・ふふ、やっと気に入られるような使い魔がぁ作れたわ」


『!? 誰だ……!』


突然声がした。さっきまで気づかなかったけど檻の近くまで人が来ていたらしかった。私の檻の傍まで来る。その「人」はまるで切り取って張ったようにここの洋の風景に不釣合いな服装をした、垢抜けた妖艶な女性だった。紫色の着物に黄色い帯を締め、長い若緑色の羽織を羽織っていた。顔は野良猫のように狡賢そうだった。私は直感した。この人が私をこんな姿に変えたのだと。女は意地の悪そうな目で私の体をじろじろと眺めて満足そうに頷くと一言、





「あんたを作り変えたしがない『隠遁』の雇われ者よゥ。変えた方法はぁ教えない。それと、」


あんたの名前はぁこれから琰叶えんきょうよぉ――――と女は言った。


『琰叶………』

琰叶、意外とその名は私の胸の中にしっくりと納まった。今までの名よりも。私を変えてしまった相手から貰った名なのに。


女は私が黙っていたので気に入ったと思ったらしい。頷いたからだ。


「まあ兎に角そのなりで移動させるのはぁ無理そうだからぁ………」


女は暫し考えた。そしてぽん、と手を打ち合わせた。そして得意そうに手を合わせ、口を開いた。


「豊作・殖産・商の神で在らせられる稲荷神よ、この未代の名においてこの者の姿を三刻だけ人間の姿に変えたまえ」


『うん?』


体がむず痒くなったと思うとどんどん顔や尾や足がが引っ込んでは縮み、グニャグニャと形を変え、最終的に背のやや低い小学四年生ぐらいの背丈になった。腕も顔も鱗の無いつるりとした人間の肌に変わっていた。目線がさっきより凄くかった。慣れ親しんだ人間の姿だ。嬉しい。背は低いけど、人間に戻れた。床が冷たかったため、思わず足のほうも見た。


「あ、あれ」


床に映った顔は幼い頃の私のモノじゃ無かった。嬉々とした、幼い少年の顔……。少年の顔はたちまち曇った。そこで私は思わず股間の方に手をやった。そこにはやっぱり。女にはないものがついていた。なんで、私は、女の筈でしょう……。


「あらぁ、龍に変えると同時に男にまで変えてしまったんだぁねぇ」


未代といった女は男という所を強調しくくく、と意地悪く笑った。無責任な未代を私はきっと睨んだ。

すると、


「あ、妾としたことが……」


未代は心臓の辺りを押さえた。じんわりと血が滲んでくる。未代は痛みに身悶えし、石畳に倒れて転げまわり、やがて、ぱたりとも動かなくなった。僅か数分のことだった。私は睨むのを止め、恐々未代のほうに近寄ろうとして、止まった。

「なんだ、ろう。この感じ…」


とても甘美な香りだった。このようにそそられる香りは今まで嗅いだこと無い。私は身を震わせた。


頂点に達した怒りと欲望の赴くままに猛然と香りがする未代の方に突進し、檻をぐにゃりとまげて突破する。目に唯一映るのは真っ赤な真紅の色に胸を染めた、事切れたばかりのモノ。迷わずそれに噛みつく。


まだ生暖かいそれから漂う甘美な濃い香りがさらに鼻を突いて、何ともいえぬ美味な味が口の中を支配した。そして消えた。有るべきものが。人間としての観念が。私は完全に妖しい怪しい―妖怪へと変わってしまったのだった。喉が欲するままに、ひたすらに私は血を吸っていた。


未代の体内の血が完全になくなるまで、ずっと。


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