皇子府の暗流
そうだ、生きてた頃の話だけど。
いつも早起きだった。
1時間でも多く起きてれば、他人より1時間多く生きられる。
そしてその1時間こそが、差を広げるための“遊び”の時間だと。
今、私は第三皇子府の庭園に立って。
昨日は遅すぎてよく見えなかったけど、ここは「親王府」っていうより、むしろ小さな城。朱塗りの門、ぴかぴかの銅の鋲、門の前の二体の石獅は私の背丈より高い。門の上には扁額がかかっている。
──鎮北王府。
「鎮北王」、第三皇子蕭景瀾の封号だ。
三ヶ月前、彼は戦功赫々たる鎮北王で、大燕で一番輝く星だった。
三ヶ月後、彼は棺桶の中に横たわり、私は彼の屋敷の前に、未亡人として立っている。
宦官が甲高い声をあげ。
「第三皇子妃、お成り!」
庭には大勢の人が集まっていた。
二十人くらい、老若男女、ぞろぞろと一斉にひざまずいた。
「王妃様、お迎え申し上げます」
この演出、まるで事務所のアイドルデビュー発表会。
次の考えは、連中、全員「問題あり」だ、ということ。
心は読めない。
でも私はPRだ、しかも神級。
PRの第一課は——
人を見る目を養うこと。
一番前にひざまずいているのは四十代半ばくらいの中年男。
執事の服を着ていて、頭は礼儀正しく下げている。
でも肩が微かに緊張している。
出迎えというより、警戒しているみたい。
その左側には、若い侍女が三人。
その一人が、こっそり顔を上げて私を一目見て。
あの目つき、好奇心じゃない。品定めだ。私を評価してる。
右側には二人の小姓。
十五、六歳くらい。その一人の手が震え。
怖がってじゃない。緊張、悪事がバレるのを怖がるみたいな感じ。
その後ろにも、まだたくさん人がひれ伏している。
でも私の注意はある隅っこに引き付けられた、
庭の西側の渡り廊下の下に、掃除をしている老人。
ひざまずいていない。ただ立って、箒を持ち、
私に背を向けて、ありもしない落ち葉を掃いている。
執事が顔を上げ、顔中にプロの笑顔を貼り付け。
「王妃様、、お疲れでございましょう。
お湯とお食事の支度を整えております。どうぞ正庁へ」
私は頷き、彼について中へ入った。
あの掃除の老人の横を通り過ぎる時、横目で見た。
彼はまだ掃除している、一度も振り返らない。
面白い。
皇子府はとても広い。
前世の六本木の高級マンションより十倍以上は広いだろう。正庁を抜け、渡り廊下を回り、また月門をくぐると、やっと私のために用意された院、棲雲院に着いた。
執事は道すがら説明してくれた。
「ここが王妃様の正院でございます。第三皇子も生前はこちらによくお住まいになっておりました。
西の離れが大書斎、東の離れが浴室、母屋が寝室と小書斎になっております。侍女たちは脇の控え室におりますので、
何かございましたらすぐにお申し付けください」
私は聞きながら、観察。
正院の入り口には二人の侍女が立っている。十四、五歳くらい。統一された青衣を着て、うつむいていて、とても恭しい。
でも——
彼女たちの立ち位置が面白い、一人は左寄り、一人は右寄り、その間に人が一人通れるくらいの隙間がある。
これは出迎えの立ち位置じゃない。
これは警備だ。
院の中に入ると、中央に石のテーブルと四つの石の腰掛けがある。
石のテーブルの上には蘭の鉢が置いてあって、花がちょうどきれいに咲いている。
でも——蘭の鉢の位置が中央ではなく、左に十センチほどずれている。
鉢の底にはうっすらと水の跡が一周ついていて、
ついさっきまで誰かが動かしていたこと。
東の離れの窓が少し開いている。西の離れの扉は半開きだ。
母屋の扉は固く閉ざされ、入り口には二人の老女が立っている。
四十代で、目つきが鋭い。
私は足を止めて、来た道を振り返った。
渡り廊下の曲がり角で、人影が一瞬走り去った。
「王妃様?」
「いいえ。ただ、このお庭、本当に素敵だなって思って」
内心ではもう狂ったようにタグ付けしている。
入り口のあの二人の侍女、立ち位置は防御態勢。出迎えの態勢じゃない。
誰を防いでる?
私を?それとも他の誰かを?
石のテーブルの蘭、誰かが動かした。
でも元の位置に戻さなかったってことは、主じゃない。
部外者だ。
それにさっき動かしたばかりだ。水の跡がまだ乾いてない。
東の離れの窓が開いてる、今は夏じゃない。
換気の必要はない。窓を開けるのは、外を見やすくするため?
それとも外から中を見やすくするため?
西の離れの扉が半開き、半開きってことは、
いつでも出入りできるってこと。
母屋の入り口のあの二人の老女、目つきが鋭く、動作機敏。
普通の使用人じゃない。
太后の人?それとも淑妃の人か?
渡り廊下の角のあの人影、尾行してる。
あの掃除の老人、なぜ彼は礼をしないんだ?
彼は誰の人だ?
「屋敷には今、何人いるの?」
「全部で四十三名でござる。執事、帳場、門番、厨房、針子部屋、雑用侍女、お側付き侍女、小姓、御者、それに護衛がおります」
「みんな古くからの人なの?」
執事は一瞬間を置いて、それから笑顔で言った。
「古くからの者もおりますが、
中には第三皇子がお亡くなりになってから新たに加わった者もおります。
太后様が人手が足りないのではとお気遣いくださり、
わざわざお遣わしになった者もございます」
太后が私を監視するために……
じゃあ淑妃側の人間は?
聞きたいのをこらえて、頷いて了解を示した。
執事が私を母屋の入り口まで送ると、あの二人の老女が揃って礼をした。
「老奴、王妃様にお目通り申し上げます」
「お立ちなさい。お名前は?」
「老奴、周と申します」
「老奴、呉と申します」
「周嬷嬷、呉嬷嬷、これからよろしくお願いしますね」
二人は顔を見合わせた。多分、私がこんなに丁寧だとは思わなかったんだろう。
母屋に入っり、扉が後ろで閉まった。




