棺の中 結婚
暗い。息ができない。
白檀の香りがむせ返るほど強い。誰かが私の鼻の下でお寺を丸ごと燃やしてるみたい。
私は目を開けた。
いや、開けようとした。
まぶたが鉛みたいに重くて、やっとの思いで細い隙間を作った。
そして、うっすらと見えたのは、
板。頭上は板だった。古びていて、木目に埃が詰まってて、細かいひび割れが何本かある。
私は瞬きした。
やっぱり板。
指を動かした。
動く。
足の指も動かした。動く。手を上げようとした。
手は上がった。板にぶつかって、「ドン」って鈍い音がした。
痛い。これ、マジで痛い。夢じゃない。
私は息を深く吸い込んだ、ここの空気は異常に少なくて、
一口吸うごとに他人の吸い殻を吸ってるみたいだけど、それから自分の服を触った。
触れた。
布。厚手の布。刺繍が施されてて、凹凸があって、手に刺さる。
また自分の髪を触った。
髷。硬い。何か刺さってて、冷たい。簪だろうな。
あと、いろんな装飾品がぶら下がってて、頭皮が痛い。
なにこれ?
私は強く瞬きして、暗闇に目を慣らそうとした。
だんだん見えてきた、
頭上にある板に、細かい隙間が一本。そこから光が差し込んでる。蛍のお尻くらいの弱い光だけど、確かに光だ。
隙間に顔を近づけて外を見た。
白い。一面の白。
違う、白い布が何かに掛かってる。
もっとよく見ると、
幡だ。
霊幡。魂を呼び寄せるためのやつ。
マジか。棺桶の中か。
その認識で……自分の姿を見下ろした。
赤い。金糸で鳳凰の刺繍が施されてて、職人の技が尋常じゃない。鳳凰の目は小さなルビーで、暗闇でかすかに光ってる。
一枚、二枚、三枚……
指で数えてみると、全部で十二枚。
これって……まさか、婚礼衣装?
違う。
これは、
冥婚。
その言葉が突然頭に浮かんだ。
冥婚。死者と一緒に生き埋めにする、あの冥婚。
なんで私がこの言葉を知ってるんだろう?聞いたことなんてないのに。
でも出てきた。
同時に、大量の記憶も流れ込んできた、
私自身の記憶じゃない。
頭の中に、流れ込んでくる。
見たことのない景色、聞いたことのない言葉、知らない人間の顔——
全部、他人の記憶だ。
ここは――『大燕王朝』。都は『京』。
私は今、『顧清落』という十六歳の庶子の身体にいる。
丞相府の隅で、まあまあの容姿、息を殺すように育った娘だ。
母は私を産んで死に、正妻は私を埃のように扱い、使用人も私を無視した。
臆病で、小心で、人を見れば逃げる――それが、この子の人生だった。
唯一の取り柄は、ほどほどの器量。だが、それがこの後宮では命取りになる。
そう、この世界は、女を食い物にする場所だ。
三ヶ月前、この世界で最強の大国・燕国の第三皇子、『戦神』と呼ばれた蕭景瀾が北方帝国との戦いで敵の奇襲に遭い、戦死した。
太后が命令を下した。高級貴族の嫡女を選び、冥婚の生贄にしろと。
正室は自分の娘を差し出すのが惜しくて、この元の身体を届け出た。
身代わり。
元の身体が知ったときは、もう遅かった。
彼女は薪小屋に閉じ込められて、三日三晩、飲まず食わずだった。
四日目、引きずり出され、無理やり花嫁衣装を着せられ、棺桶に詰め込まれた。
彼女は金の簪を一本隠していた。
抵抗するためじゃない、彼女にはそんな勇気はない。
自分の命を絶つためだ。
生き埋めが怖かった。
あのゆっくりと息ができなくなる感覚が怖かった。
一人で暗闇の中で死を待つことが怖かった。
だから自分でケリをつけたかった。
でも、間に合わなかった。
棺桶に入れられる前に、彼女は死んでしまったから。
そう。
元の身体は死んだ。
棺桶に詰め込まれる前に。
恐怖で。
今ここに横たわってるのは、私――鈴木彩夏、二十八歳、日本芸能界最後の神様。自分で育て上げた七人のクズに毒を盛られ、パトカーの中で死んだ。そして――転生した。
この哀れな庶子の身体に。
棺桶の中に横たわり、花嫁衣装を着て、もうすぐ生き埋めにされる。
私は頭上にある棺の蓋を見つめて、三秒黙った。
そして笑った。
なるほどね。マジでね。私、鈴木彩夏は前世で何人も社会的に抹殺してきたけど、今世は最初から自分が抹殺されかけてるわけだ。
神様よ、なかなか粋なことするじゃん。
袖の中を探った、
やっぱり金の簪があった。
元の身体が隠したやつ。
抜き出して見た。細くて、尖ってて、十分使える。
でもこれで自殺するつもりはない。
バカバカしい。
鈴木彩夏は、誰にも自分の死に方を決めさせない。
前世もそうだし、今世だって。
金の簪をしまって、打開策を考え始めた。
三、棺の隙間から見えた世界
棺桶の中にうつ伏せになって、棺の板に耳をくっつけて、じっと耳を澄ました。
外に音がする。
まずは足音が聞こえた。乱れてて、地面を「サクサク」と踏んでる。
それから甲高い宦官の声。
「七殿下、本当によろしいのですか?」
七殿下?
息を殺した。
「怖がることなどあるか?」
若い男の聲。
陰険、じゃない。
楽しんでる。面白いゲームを見つけた子どものように、純粋に、無邪気に——病的なまでに、楽しんでる。
「三番目はもともと死ぬべきだったんだ。太后が冥婚で慰めようとした?」
一瞬間を置いて、突然笑った。
「面白い。ならば、あの女(太后)にこの目で思い知らせてやろう。自慢の孫に贈られた輿入れが、共同墓地から掘り出した野良犬だったとな。」
笑い声と野良犬の遠吠えが混ざり合った。
でも彼が去ろうとした瞬間、彼の視線が私の棺桶をかすめた、
ほんの一秒だけ。
でもその一秒間、彼の目の奥の色が変わったのが見えた。
陰険なものじゃない。
好奇心……だ。
「待て」
彼は手を上げて、棺桶を担ぐ者たちに合図した。
彼は私の棺桶の前に歩み寄り、蓋に刻まれた文字を見下ろした、丞相府庶女、顧氏清落。
「丞相府の庶女か」彼は静かに言った。「母上が言うには、阿呆で、恐怖で死んだそうだな。本当か?」
側近がへつらうように笑った。「殿下、確かに恐怖でお亡くなりになりました。こちらに運ばれてきた時には、もう息がありませんでした」
「息がない……」その三つの言葉を繰り返しながら、彼の口元が徐々に上がっていった。「それはつまらないな」
彼は棺の板を軽く叩いた。眠っている人を撫でるように。
「まあいい。どうせ死人だ」
彼は去っていった。
彼が振り返った時、最後に私を見た視線は見えなかった、
あの目にあったのは、言葉にできない何かだった。
「お前が生きてたら、さぞ面白かっただろうに」と言っているかのよう。
棺の隙間から外を覗いた、
棺桶が持ち上げられた。
歪んで、ガタガタと揺れて、七転八倒だった。
あの細い隙間から、外の世界が見えた。
白い霊幡、白い紙銭、白い喪服。
大勢の人が遠くに立っていて、先頭に立つのは紫色の蟒袍を着た若者だった。
十八、九歳くらい。五臓の一つ一つが完璧な位置にある。
でもあの目は、
冷たい。
蛇みたい。
口元には病的な笑みを浮かべ、手には死んだ犬をぶら下げてる。
彼は手近にあった薄汚い棺桶に、その死んだ犬を投げ入れた。
あの棺桶は小さく、ボロボロで、藁の敷物が巻いてあり、隣にある金糸楠木の豪華な棺桶とは対照的だった。
それが本来私の入るはずだった棺桶、もしここに運ばれていなければ。
あの紫の蟒袍の男、元の身体の記憶によると、彼の名は蕭景琰、第七皇子だ、手を叩いて、ゴミでも捨てるみたいに軽くやった。
彼の後ろに立っていたのは、七人の男たち。
この七人は、年齢も十代から二十代まで様々。
どの一人も、
現実離れして完璧だ。
七人。七つの、作り物みたいな顔。
黒衣の男——立ってるだけで、空気が凍る。目が、刃だ。
白衣の男——扇を揺らす。口元は笑ってる。でも目が、笑ってない。
錦袍の男——全身、宝石まみれ。顔はにこにこ。無害そうな金持ちのボンボン。一番、タチが悪い。
青衣の男——妖艶すぎる。女みたいだ。背負ってるのは、薬箱?
南疆風の男——肌が透けるほど白い。背負った箱から、変な匂いがする。
僧衣の男——手を合わせてる。顔は慈悲深い。でも目が——この世の者じゃない。
白装束の男——十九くらい。病人みたいに青白い。古琴を抱えて、時々咳をする。その咳が、痛々しい。
七人があの薄汚い棺桶を見る時、その目に慈悲は一切なかった。
七つの個性。並んで立つと、一枚の絵のようだ。
完璧な絵。
くそっ!完璧すぎて、頭皮がゾワゾワする。
私は彼らを知っている。
いや、この顔を知ってるわけじゃない。
この立ち位置、この雰囲気、この目つき。
天枢七曜。
あの七人の私が育て上げて、私を地獄に送り込んだクズども。
北辰、離火、修竹、星野、銀河、辰星、洛辰、
七人、七つのキャラ、私が一番よく知ってる人たち。
今ここに立って、時代劇の衣装を着て、同じ目つきで、あの薄汚い棺桶を見てる。
本来私が入るはずだったあの棺桶を。
胃がまた痛み出した。
毒薬に侵されたあの痛みが。
今は確かに棺桶の中に横たわってるけど、あの痛みの記憶はリアルすぎる。
「よし。運べ。三番目の棺は正門から、これは、」
彼はあの薄汚い棺桶を一瞥した。
「共同墓地の道を通れ。野良犬がもう穴を掘ってるから、そこに放り込めばいい」
「はっ!」
自分の棺桶が持ち上げられる。
あの薄汚い棺桶じゃない。この本物の、「第三皇子妃」の棺桶だ。
金糸楠木で、とても重くて、担いでいるのは十六人。
私の入るはずだったあの薄汚い棺桶は、二人の下男に担がれて、別の方向へ運ばれていった。
あちらからは、野良犬の鳴き声が聞こえる。
私は棺桶の中で、じっと動かなかった。
二人の下男が薄汚い棺桶を担いで、私の横を通り過ぎた。
隙間から彼らの顔が見えた、
一人は四十過ぎで、顔中に肉がついてる。
一人は二十歳そこそこ、痩せて小さくて貧相。
どちらも底辺の卑屈さと無感覚がにじみ出てる。
自分たちが何を運んでるのか、彼らは知らない。
知ってるのは、これは共同墓地に捨てるべき棺桶だってことだけ。
まだ見えた、景琰があの七人と共に、もう背を向けて去っていくところが。
彼らはこの冥婚に興味なんてない。
ただ確認しに来ただけ、
あの厄介な第三皇子が本当に死んだことを。
そして彼に宛がわれた女が野良犬の餌にされることを。
全てが計画通りに進んでることを確認しに来ただけ。
私はあの七人の背中を見つめ、口元が徐々に上がった。
マジかよ。
前世で私を殺しただけじゃ足りなくて。
今世でもまた来るのか。
二人の下男が私の棺を担いで、必死で走った。
あの速さ、オリンピックの競歩より速い。やっぱり命がかかってると必死になるんだな。中で私は振り回されて、左右にぶつかり、頭を棺の板に打ち付け、足で底を蹴る始末だった。
「お兄様たち」
私は辛うじて口を開いた。
「ち、ちょっと遅くしてくれない……痛い……」
「ダメだ!」
年長の方が荒い息を吐いた。
「遅くなったら間に合わない!死ぬぞ!」
棺がさらに激しく揺れた。
私は必死で棺の壁にしがみついた。
全身、ジェットコースターみたいに上下に飛んでる。
あんなに脅かさなきゃよかった。
前方からざわめきが聞こえてきた。宦官の悲鳴、護衛の怒鳴り声、儀仗隊の叫び声。
「止まれ!何者だ!」
「第、第三皇子妃、お成り!」
若い下男の声は震えてたけど、叫んだ。
「黙れ!第三皇子妃の棺はあっちに埋まってるはずだ……待てよ、これは……」
「早くどいて!太后様がそこにいらっしゃる!私たちは、私たちは太后様に直訴したいんだ!」
状況はかなり混乱してるみたい。
足音、叫び声、武器のぶつかる音が聞こえた。
そして、棺が置かれた。
「ドン」と音がして、また頭を棺の板にぶつけた。
痛い。本当に痛い。
外に出たら、絶対に二人に文句言わなきゃ。
「太后様、お成り!」
この一声で、全ての音が消えた。
私は棺の中に横たわり、鼓動が速くなり始めた。
いよいよ本番だ。




