東市の夜
目を覚ました。
窓の外はまだ暗い。ちょっとうたた寝していたよう。
ベッドに横たわり、天蓋を見つめながら、鼓動が激しい。
あの夢。あの声。棺桶の中のあの一声の冷笑だ。彼の声だ。
枕の下を探ると、四通の手紙はまだある。
窓の外から青児の声が。
「王妃様、お目覚めですか?雲霓郡主様がお見えです!」
この娘、今日は何の用だ?
護衛の顔見せか、それともパトロンとしての挨拶回り?
上着を羽織ったばかりなのに、遠くから雲霓郡主の大きな声が聞こえてきた。
「念!出てこい!」
雲霓が門を蹴破って飛び込んでくる——
いつものことだ。だが今日は、手に変なものを持っている。
「これ、食ってみろ!」
彼女が差し出したのは、串に刺さった黑い塊だった。
見た目は焦げていて、何だか分からない。
「何これ?」
「屋台で買ったんだ!『龍の卵』って言ってた!でも食ってみたら、ただの塩漬けのアヒル卵だった!食え!」(三秒間、見つめ合う)
「いや、遠慮する!」
「ケチ!」
彼女はその黑い塊をかじりながら、何事もなかったかのように言った。
「で、話って何だっけ?ああそうだ、夜市に行くぞ!」
何ですって!?夜市?今?
彼女が「ずっと待ってた」という顔で、白い男装を着て、背中に銀の槍を背負い、手には別の男装を一揃い持っていて、それを私の顔面に投げつけ。
「早く早く!それに着替えて!一緒に行くぞ!」
「いや、これは……」
「ぐずぐずすんな!お前、毎日皇宮中に閉じ込められて誰かに嵌められてばかりじゃ、いつか病気になるぞ!今夜は郡主の私が守ってやるから、京城で一番賑わう場所に連れて行ってやる!」
「郡主様!私、まだ当直中で……」
「太后様がお許しだ!お前を連れて世間見物させろって。いつまでも宮中にこもって人を嵌める方法ばかり考えてるなってさ!」
何言ってるの!
太后様、その言い方、私がいつ人を嵌める方法を考えてるんですか?
明らかに命を守る方法を考えているのに。
でも雲霓はもう私を引きずって門を出ていた。
京の東市は、燈火が揺れて明るい。
その男裝を身にまとい、雲霓の後ろについて、きょろきょろとあたりを見回していた。
この世界に來てから、初めての本当の外出。
前回は皇陵から直接壽康宮に連れて行かれ。途中はずっと棺桶の中だったから、何も見えない。
今回はようやく見ることが。
街の兩側にはずらりと店が並び、何でも売っている。
食べ物、飲み物、衣服、日用品、おもちゃ、目移りするほど。
曲芸師が街頭で披露していて、見物人は三重、四重の輪になって。遊郭の入り口には着飾った娘たちが立って、手拭を振って客を招き入れ。賭博場からは掛け聲が聞こえ、金を儲けた者、すった者の聲が混ざり合う。
空気には様々な香りが漂っている、肉を焼く香ばしい匂い、菓子の甘い香り、飴玉の匂い……それらが混ざり合って、思わず涎が溢れそうだ。
「どう?見たことないでしょ?」
雲霓が意気揚々と。
「京城で一番賑わってるところだよ!ここに勝るところはないね!今夜は私がおごるから、何でも好きなだけ食べな!」
彼女のいたずらっぽい様子を見て、ちょっと可笑しくなった。
「郡主様、あなた、いつもこんな風に抜け出し、太后様はご存知なんですか?」
「もちろんよ!夜市に行ってくるって言ったら、たくさん銀を持って行って美味しいものを買って帰れって言われた!」
「本当に?」
「本当!初めてじゃないしね。それに、もし何かあったって、郡主の私がいるんだから、誰があんたに手を出せるっていうの?」
言いたくないか、私を狙っている連中は、あなたが真正面から斬り込めるような奴らじゃないんですけど、とは。
でも彼女のあの嬉しそうな様子を見ると、水を差すのが忍びなかった。
私たちは通りをずっと歩いていった。
まずは飴玉を食べる。
甘酸っぱくて、前世のよりずっと美味しい!
それから小さな泥人形を買った。
雲霓がどうしても二つ買うと言い張って、一つは私に、一つは自分に。
あの職人はすごく腕が良くて、泥人形が私たち二人にそっくりだった。
それから曲芸。
一人の老人が二本の剣を続けざまに呑み込み、しかも火を吐く。見ていて肝が冷えた。
雲霓は大喜びで拍手し、二掴みの銅錢を投げる。
老人はたたらを踏んで後ずさりするほどで、あまりに可哀想だった!
それから彼女は私を引っ張って賭博場に。
「さあさあ、この郡主様は今日は運がいいんだ。あんたに金を儲けさせてやる!」
結果、彼女は百両の銀をすった。
「もうやめた、やめた!こんなぼったくり場所!」
私は笑いをこらえて、彼女を引っ張り出した。
最後に、仮面の露店の前で、私は足を止めた。
店には様々な種類の仮面が掛かっている。
恐ろしい鬼や怪物の面、慈しみ深い神仏の面、可愛らしい動物の面、それから……
私の目は白い狐の仮面に止まった。
とてもあっさりとした作りで、数筆だけ描かれて。
でもその目の描き方が素晴らしく、生きているようにリアルだ。
手を伸ばして取ろうとし。
もう片方の手が同時に伸びてきた。
二指が触れ合。
顔を上げ。白い服の男。
とても背が高い。私より頭一つ分は高い。
すらりとした體つきで、そこに立って一本の松の木のようだ。
彼は黒い仮面をかぶり、目とあごだけを覗かせている。
その目、星空のように深く、淡い笑みをたたえて。
彼もまた、私を見る。
「お嬢さん、どうぞ」
彼は手を離した。聲は低く、耳に心地よい。
この聲、聞いたことがある。
あの日、皇陵でのあの冷笑……
白い影が、一瞬走り去ったのを。
まさか!?
聲をかけようとしたが、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「避けろ!金大官人が來たぞ、!」
人垣が騒ぎ出し、慌てて左右に避ける。
白い服の男は私を一目見て、軽く頷くと、振り返って人混みの中に消えた。
追いかけようとしたが、雲霓にぐいと腕を引かれた。
「うろちょろすんな!金満堂のあのイカレ野郎が帰ってきたら、今夜は京城で何か起きるぞ!」
騎兵隊が通りを駆け抜け。
先頭は二十數歳の男。
あの七人の一人、金満堂。恰幅のいい成金といった風貌。
彼は馬を駆って疾走し、周りの人々はこぞって避ける。なんだか……
入り口の女衒が迎えに出る。
「金大官人!お帰りなさいませ!娘たちがお待ち兼ねでございますよ!」
金満堂は一言も発せず、大股に遊郭へと入って。
しばらくすると、二階から女の悲鳴が聞こえてきた。
だらしなく着崩れた男が、窓から放り出され、通りに叩きつけられた。
金満堂の聲が二階から聞こえてくる。「俺の女に手を出すたあ、いい度胸だな」
野次馬がどっと笑った。
雲霓がこっそり説明してくれる。
「あの男がこの遊郭に囲ってる女はな、清倌人ってやつで、芸だけで身は売らないんだ。でも彼が外で商売してる間に、その女が無理やり客を取らされたんだって……金満堂って奴は、自分が抱いたものにはとことん執著するんだ。奴が手を付けたものには、他の奴は觸れられない。觸れたら、全員死ぬ」
「あの七人は名声が高く、世間では彼らの顔を立てなければならない。確かに腕がある。」
二階のあの冷ややかな背中を見つめて、私は何も言わなかった。
金満堂が降りてきた。
彼の腕には、がたがた震える女が抱かれていて、彼は何事かを低い聲で話しかけている。
何を言っているかは聞こえない。でも女が泣きながら、彼の首に抱きついたのは見えた。
それから彼は女を抱えて馬に乗り、駆け去っていった。
最初から最後まで、誰一人として見向きもしなかった。
「さあ行こう」雲霓が私の袖を引く。「面白いのはもう終わった。帰ろう!」
帰りの道すがら、私はずっと黙っていた。すると突然、雲霓が背中から銀の槍を抜き出し、私に差し出した。
「やる」
「稽古用だ。いつも暗殺されてるお前には、匕首だけじゃ足りねえ。ちゃんとした武芸を身につけろ」
槍身は銀色に輝き、切っ先は冷たい光を放つ。槍の穗は赤く、一団の火のよう。
「私、槍は使えないよ」
「知ってる。だから私が教えてやるんだ。うん……三兄が言ってたんだ。自分がいない時は、私が守りたい人を守ってくれって。それがお前なんだよ」
「これ、やるよ」
雲霓が背負っていた銀の槍を、ずいっと私の前に突き出した。さっきまでのはしゃぎようが嘘のように、その瞳は真っ直ぐに私を捕らえている。
「あんたを、守れって、三兄が言ったから。」
槍を受け取り。思っていたより重い。でもしっかりと握りしめた。
「いいよ!教えて」
「へへっ!それでこそだよ!」
夜景の火の光が彼女の顏を照らし、その笑顔は太陽よりもまぶしかった。
道すがら雲霓はぺちゃくちゃと喋り続け。金満堂が横暴すぎるとか、あの遊郭の女は幸せだとか、さっきの白い仮面の男は誰だとか。
「知り合い?」
「知らない」
「じゃあなんでそんなにじっと見つめてたんだ?」
「郡主様、夫、殿下ってどんな人?」
雲霓の笑顔が凍りついた、長いこと黙った。
もう答えないんじゃないかと思うほどだった。
「三兄は……この世で一番いい人だった」
「じゃあ、なぜ死んだんだ?」
「あの人は賢すぎたから。賢すぎて、ある人たちが許せなかったんだ」
「あの人は、本当に死んだのか?」
雲霓がはっと振り向いて、私を見た。
「どういう意味だ?」
「別に。ただ……今日、あの人とすごく似た人を見かけた気がして」
雲霓の顔色が変わった。
「顧念、あることは尋ねるな、調べるな。さもないと、お前は三兄より早く死ぬことになるぞ!」
そう言い終えると、彼女は足を速めて先に行ってしまい、もう振り返らない。
彼女はきっと泣いている。
私は彼女を見て、突然思った、
もしかしたら、この転生、そんなに悪くないかも。




