冬凪
寒い、寒い冬の日だった。
こんな日には家族が亡くなったあの日を思い出す。
"しろこ"と名付けた真っ白なジャンガリアンハムスター。薄いグレーが背中に入っていたけど、冬の間は雪の様に真っ白に変えるのだ。
彼女を初めてちゃんと抱いた時のことは忘れられない。ケージのお掃除をしないといけないから、しろこにとっては嫌かもしれないな、と思った。
だってペットショップの店員さんさえ、まるで卵を扱うかのように木くずのフワフワと一緒にハムスターを持ち上げていたのだ。
手のひらを差し出しながら不安になる。もしかしたら、私に飼われるのは嫌かもしれないと。
しかし予想に反して、しろこはよちよちと、覚束ない足取りで私の手に上ってきた。
自分が認められたような気がして、とても嬉しかったのだ。
可愛い、この子はとにかく可愛い。
春に日光浴を楽しむ私の、頭上に乗ってくる。落っことさないか不安に駆られてずっと頭と手を動かしていた。
夏には一緒に浜辺で戯れる。私が砂浜で作ったトンネルに、必ず頭を出してくれる。白い身体が分かりやすくて、私はしろこの名を呼んで手元に寄せる。
秋はしろこを踏まないように気を付けながら、落ち葉を踏んだことを思い出す。動きを止めても、その場で寝ているのが分かる落ち葉の上下に嬉しくなった。
冬は、特別な日になった。
それは初めてヒーターを入れた日だった。しろこはずっとそこに居るだろうと思っていたのだが、玄関先でばいばいと言った私を送ってくれるようにして、ケージの中から私の方を、じっと向いていた。
珈琲を飲んでいる時や、昼食の途中でもしろこのことが気になる。彼女はヒーターの上で大人しくしているだろうか。
「ただいま!」
部屋の中では、しろこが回す滑車の音がガラガラと響いていた。それだけで生きていたと実感できる。
自分の仕事ぶりを思い起こしながら、いつものようにしろこに愚痴をこぼした。
「今日もしんどかったよー! しろこは大丈夫だった?」
いつもの表情を浮かべるだけのしろこに、私は安心する。きっと人間の数十倍速い生涯を送るはずだ。
私は他の雄を飼ってはいないし、ここに住まわせるつもりもないけども、しろこにだってきっと生活があり、ストレスがあるに違いない。
何なら毎週やっているケージの掃除すら、嫌なのかもしれなかった。
「ピュウ、ピュウ」
私はしろこがたまに鳴く音に反応するほかない。
「大好きだよ、しろこ」
私はしろこを腕に上らせる。ふと頬の近くにまで来て、ちょっとした獣臭さとか、齧歯類独特の臭いが鼻を突くが、それすら愛おしいと思えた。餌や木くずの匂いすら香ってくる。
私も思う存分、しろこを愛する。
こんな日々は、ふとして終わった。
あれは寒い日のことである。
いつものように仕事を終えて家に帰ってくると、嬉しそうに迎えるでもなく、可愛い布団にしろこは包まっていた。恐る恐る布団を避けると、身体のあちこちから出血しており、毛もかなり抜けていた。
私はすぐに動物病院に駆け込み、最近の餌事情や様子などを事細かく医者に伝える。
駄目だった。
私の手の上で、しろこは天国へ旅立つ。
その数舜手前で、しろこは私に向かってすくっと立った。
私はそれが忘れられない。それからくたっとなり、そのまま彼女は子孫も残さないまま虹の橋を渡った。
私は、誰にも悟られることのないように、静かに泣いた。
別に大声を出したっていいのに。しかし抑え込むように、ただ今を生きるように。
嫌だ。行かないでよ。
私はしろこのお墓を作る。土葬で良いかなぁと悩んだが、ほったらかしにしていてもいけないので、
瞳を閉ざして土に埋めた。
「ありがとう……」
私は翌日、しろこのケージを残したまま職場へと出ていったのだった。




