第9話 指令
窓ひとつも無き黒を基調とした隠秘な部屋の中、まるで巨大な、ただし不格好な巌のごとき姿で、それは豪華極まる黄金玉座に傲岸とのけぞっていた。
ぬめり帯びるいぼだらけの茶色い身体に纏った、金の刺繍が色鮮やかな、緩やかなる深紫のトーガ。左右それぞれ三本ある指にはごてごてとした、値段も定かでない、やたらと煌びやかな宝石の数々――そう、その人物は体重200バナーリ(キロ)は優に超えるかというサイズの、途轍もない巨躯誇るヒキガエルなのだ。一体何を食べたらそこまで大きくなれるというのか、トーガの中の腹を、異様なまでに前へと突き出させた。
何よりその瘤のように膨れた眠そうな赤い両目の下に開いた、広くて巨大過ぎる口。目の前にあるものは何もかも飲みこまんとする、それはまさに恐るべき圧迫感というやつである。
そもそもその漂わせる奇怪な雰囲気からして、どんな非道なことでもやりかねない酷薄さ、彼は明々と示していたのだから。
「――よいか、アルフィノ」
そうしてしばしの黙想が続いた後、ヒキガエルが放った声。それは地の底から響くがごとき、重く深い音だった。しかもあからさまなまでに威厳の籠められた。むろんそれは間違いなく、この人物がただ者ではないという証であろう。
「ハッ」
すると答えが玉座のすぐ目の前から返ってくる。先ほどから、まるで影のようにじっとその場に控えていた者だ。はたしてそこには有能な者にしか認められない、実に鋭い響きも含まれている。
加えて赤い絨毯の上に跪いていた薄桃色の長衣姿のその女がすぐさま大ガエルの方見上げるや、やり手らしく真剣な眼差しでしかと見つめ返してきたのはいうまでもないのだった。
肩まで届く緑の黒髪に、柳の眉、黒瞳、赤い唇した美女が。
「必ずや、あれを手に入れるのだ。禁じられた品を」
「かしこまりました。必ずや、バロン様の元に捧げましょう」
「このクラウゼンブルクにおいては、決してあってはならないもの。だがそれゆえに、儂はあれが喉から手が出るほど欲しい……」
そんな忠節表わす女に対し、かくて恭しくその名呼ばれたカエルの意気はどこまでも高い。彼にとって件の探し物が非常に大きな意味を持つという、それはわざわざ論を待つまでもない証しで。
畢竟、常以上に鼻息まで荒くしたほどに。
「だが、むろんあれを狙っているのは儂ばかりではあるまい」
「……確かに。敵はいくらでも出てきましょう」
「特に注意を払わなくてはならぬ奴ら――それはもちろん、白の連中だ」
しかも勢いそのままさらに主君が続けて宣うと、アルフィノなる女も大きく同意示した。
「間違いなく、そうなるでしょう。あいつらが我らと同じ情報得たとすれば」
「――邪魔は、誰にもさせん。たとえ相手が鉄仮面でも」
「それでは、もう出発してもよろしいですか?」
かてて加えてあからさまに、急くがごときただならぬ気迫見せつけて。
「むろんだ。……ふ、もっとも勝ち気なお前だ。儂がこう言わずとも、さっさと発っていたであろうが」
「……ご明察、さすがです。特に任務が任務なので」
そしてそんな部下の勇ましい態度は焦慮に満ちていたカエルをしてようやく機嫌よくさせたらしい。彼は人間とは異なる貌の作りながら、しかしそれでもそれと分かるくらい表情ニヤッと緩めると、次には呵々大笑、実に楽しげに宣っていたのだ。
「グハハハハ、これは真に頼もしい。ではお前に探索は任せた。ゆめ、遅れなど取るでないぞ。どれだけ大きな妨害に当たろうとも」
「ありがたいお言葉ですが、しかし私に対しては不要かと」
「それもそうだ。わが片腕たる『精霊守』アルフィノの確かな腕ならば」
続けてその体躯から放たれる雰囲気が、若干穏やかになったのも至極当然――。
バロン・ズ・ドルトレウス。
召喚を専門とする黒の魔道士の長にして、齢100を超えるという偉大な怪人。
何よりその醜いヒキガエルそのものの容姿は、ここクラウゼンブルクでもとりわけ異様なものとして勇名馳せている。その秀でた魔術の実力と同じくらいの大きさで、巷に広く知れ渡っているのだ。
そんな彼には、また同時に異常なほど権謀術数に長けた者としての一面もある。
自らの目的のためには、何ら手段を選ばないという。
たとえ相手が誰であっても。
常に裏表出来得る技を駆使しまくって。
「グフフ、見ておれよ、必ずやあれは手に入れてみせる」
――それゆえ眼前の女を透かして遥か遠く、壁の向こう見つめながら呟かれた声。その重々しい声音に今は隠しようもないほどの欲望が溢れんばかりに籠められていたとしても、それはむべなるかな、としか表現しようがないものだったのである。




