第78話 エピローグ④ 別れの時
かくて宴の時もあっという間に過ぎ、場はどこか落ち着いた感取り戻していた。見渡してみれば、大分酒の進んだ者 (ロディとイーノ)、料理にばかり舌鼓打っていた者 (ファル)等、様々である。だがそんな中一つだけ確かに言えるのは、皆が皆この時間を楽しみ、何よりとても大事な瞬間だと思っている、そのことなのだった。
「さあ、もう行かないと」
だがそれと同時に、そんな掛け替えのない一幕は終わりを迎えるのも、当然のようにげに早い。何よりユリシルトが、その瞳にいつしか決意の強い色、灯していたのだから。
「エメロットへの道のりは、大分長いんだから」
「……そうか」
「ああ、王都はここからだと遥かに遠い。一ヶ月でも辿り着くかどうか」
「そうね、できるだけ早く出るのに越したことはないわ」
そしてそれはむろん傍らの二人、エリックとメルフィも全く同様で。
そう、他でもないユリシルトに命を救われた以上、彼らとしてももはや我を通している場合などではなく駆け落ちは諦め、畢竟騎士の言に従って、三人揃って王都へ帰還することとなり。何より根負けした国王が二人の婚姻を許し、早く帰国せよと宣っている上は――。
「なら、いよいよ最後の乾杯だ。ここは盛大に行こうぜ!」
すなわち今開かれているのは、まさしく別離の時を心から惜しむ、最後の宴というやつに相違なかったのである。
◇
「あれ、ロディじゃないか」
――と、そうして皆がしんみりしながらもロディの言の通りそれぞれの一杯飲み干したその時、彼らに声を掛けてきたリザードマンの姿があった。それはもちろん虚無の丘の墓守・ガフ。相変わらず革鎧纏った男だ。そんな彼はロディとはかなり親しいらしく、その顔見かけるやするすると他の客たちの間すり抜け、こちらへと近づいてくる。その身に着けた使い古した鎧がやや場違いではあったものの、それは実ににこやかな様相ともいえるのだった。
「えらい楽しそうだな」
次いであっという間にテーブルへと至って友人見つめ、そこにいる面々見回す。むろん、酒の入った杯を物欲しそうに見やりながら。
「よう、ガフ。仕事またサボって来たのか?」
「何言っている、今はまだ開始前の時間だぜ」
「いや、開始も何も、お前住みこみだろ? 不審者がいないか24時間見張るのが――」
そんな墓守に対し振り返ったロディは冗談半分、本気半分で応じたが、しかしガフの方はすかさず違う話題へと移っていた。すなわち、その黄色い瞳は卓向こうに座るユリシルトの姿をがっしと捉えていたのである。
「お! 君はあの時の女の子。相変わらずロディと一緒にいるんだ」
「あら、あの時はどうも、ガフさん」
もちろん騎士としても以前それなりにお世話になった相手。彼女は愛想よく挨拶していた。
「あれ? 君、でも何か前と感じが違うなあ」
するとトカゲ男はふいに眼を細め妙なことを言った。むろんユリシルトをしげしげ観察してのものだ。その声音にも不思議そうな響きがはっきりこめられている。
相手が怪訝そうな顔で問い返したのは、それゆえ当然のことなのだった。
「え、私が? 顔に何か付いているとか?」
「違うよ、全体的に。そう、あれから数日しか経っていないっていうのに、凄く雰囲気が……」
「?」
そして束の間、ガフは何か考え事をしていたようだったが。
「そうか分かった、前よりも、遥かに魔力が高いんだ! こりゃびっくりした、こんな短期間で成長するなんて!」
そうふと、突然声を大にして宣ったのである。
「私の、魔力……?」
「ああ、本当、丘で会った時とは比べ物にならないくらいに。一体その間に何があったかは知らないけど」
「でも、それは――」
「おっと、それはそれ、とにかく俺はここへ来た目的早く果たさないと。じゃあな、皆さんもゆっくり楽しんでくれよ!」
さらに続けざまにテーブルの面々見渡しそう言い放つなり、男はカウンター席の方へ颯爽と足を向けて行き――。
後に残されたのは、今回の『悪魔の血』事件に関わったお馴染みの七人。特に妙な事言われたユリシルトは半ばポカンとした状態で。
「魔力――そうか、なるほど」
だがふいに何かを想起したのか、騎士は次には表情ハッとしたものへと変えていた。
「ロディ、あなたのくれたあの護符、確かに凄い効果ね」
「へ、護符?」
「偽魔道士の護符よ。私が魔道士に見えるように会って最初の日渡してくれた。でも、ただ見せかけるだけじゃなくて、魔力が増えたようにも誤魔化せられるなんて、本当大したものね」
かくて魔道士へと向ける眼差しはかなり尊敬の念入ったもの。最初にこの酒場で彼と出会った時とは大きな差というやつである。それくらい、彼の実力は今や確かなものだったのだから。むろんいずれにせよそれは賞賛には違いなく、はたしてそう言われたロディの方はロディの方でにこやかにすぐ応じるかと思われたのだが……。
「いや、でもあれは」
しかし案に相違して青年は、どこか困惑した風で答えてきたのだった。
「効果なんて、二日持てば良い方だし、何より魔力が増えて見えるなんて能力は備わっていない。元々それほど力のある護符じゃないんだ」
「え、でも」
「……そうか、だとすると、そういうことか」
そして一瞬どこか思案気な顔となるも、だが今度は彼の方がすぐさま頭の中で何らかの解答出てきたようだった。はたしてその瞳がきらりと輝き放っている。何より、それは本人なりにかなり確度の高いものであるらしかった以上。
「さっきのガフの言葉通りなら、答えはもうただ一つだな」
すなわち、ふいに口許に朗らかな笑みを浮かべるや、
「な、何よ」
「いや、君がもう魔法は使えないなんて言った、あの前言は完全に撤回するよ。これは実に盲点だった」
「え?」
次いでそんな詫びの言葉、宣ってきたのだから。
「前言撤回? それどういうことよ」
「つまり君の魔力は」
「うん」
……さらに彼の中では瞬間、ここ数日彼女と過ごしためくるめく冒険の時がまざまざと脳裡駆け巡り出したとも思われ、その表情がふと懐かしげなものとなる。はたしてそれは同時に、目の前の女騎士を立派な自らの仲間と確かに認めた証しでもあって。仕事とはいえ、幾つもの苦難をともに乗り越えてきた。
そうして彼は最後に、深々と頷きながら実に納得した気に、ユリシルトへ向かって決定的な一言、放っていたのだった。
「――今は単に一時的に眠っているだけなのさ。そうだな、だから後三日もすれば完全回復するだろう。……分かるか、ユリシルト。要するに君はもう立派な魔道士なんだ、この街では胸を張って言えるくらいの。そう、一人のクラウゼンブルク市民として」
加えてその賢しげで謎めいた光宿らせた黒瞳が、いつになく悪戯っぽく。
対する女騎士に、知らず唖然とした表情、示させて。
そう、何よりそんな彼女には、その一瞬周囲よりずっと沸き起こっていた楽しみと喜び、また時に哀しみと怒りが互いに交差する束の間の賑々しいさんざめきが、まるでどこか遠くの情景のようにすら聞こえており――。
◇ ◇ ◇
クラウゼンブルク。
それは魔道士たちの支配する、魔法仕掛けの都市。
そこには奇想天外な出来事がいくらでも渦巻き、奇跡にも似た現象が数えきれず存在する。
むろんその全貌を見渡すのは、真の支配者たる神秘公でも絶対に不可能なこと。所詮、彼も唯一絶対の神ではないのだから。それは言うなれば神のみぞ知る、幻想の霧の彼方の世界。どこに行っても、ひたすら彷徨うばかりの……。
かくして街の一日は巷の喧騒とともに始まり、さらなる賑わいすら迎えようとし。
どこまでものどかかつ、穏やかと。
――それゆえこの都市の繁栄がある限り、怪しき魔法の光が消えることはないだろうとさえ思われる、それはそんな、げに不可思議極まる輝かしさなのだった。
最後まで読んでくれた方、ありがとうごさいました。
これにて『クラウゼンブルク』完結です。
魔道士の街の物語でしたが、いかがだったでしょうか。
感想等あれば、よろしくお願いします。




