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第73話 悲劇

 それは紛れもなく一発の銃声だった。しかも地上30ユーはあるかという高さ誇る塔の、その窓の方から聞こえてきた。


 「曲者か!」


 はたして戦闘の経験値あるユリシルトはとっさに反応示し、自らの背後、南窓を勢いよく振り向く。そして振りかぶったのは、手にした自慢の長剣。次いでその姿勢のまま、そちらを厳しい表情で睨みつける。もっともそこまでは距離にして5、6ユーほど。さすがに今から駆けて近づくにはかなり距離があるとも思われたが……。


 「喰らえ!」


 ――しかし彼女は途端、その得物を力強く、そして一気呵成に投げつけていたのだった。


 「ギャ!」


 するとたちまちにして剣はほぼ一直線の軌道で窓へと飛び、乾坤一擲、狙い過たずそこに闇の中紛れていた不審者へと襲いかかってゆく。そう、それはまさに尖った耳と大きな鼻、裂けた口、加えてぎょろりとした目玉持った一匹のゴブリン。彼の者は想像だにしなかったはずの必殺攻撃に思わず鋭い悲鳴を上げ、たまらずそれまで掛けていた手を窓枠から外しもしたようだ。当然ながらその身体は支えるもの何一つなくなったはずで。


 「ギャアアア!」


 事実遠ざかる悲鳴とともに、その姿は早くもここからはもうまるで見えなくなったのだった。もちろん、それゆえこれにてもはや銃撃の狙いつけること、永遠にできなくなり。


 「エリック!」


 ――こうして無粋な襲撃者の退場の後、残されたのは二人の恋人同士と、一人の騎士という再びの光景。ただし状況は先ほどとはあまりに異なったもの。

 すなわち青い光の下、部屋の中央に目を転じれば……。



 「エリック様!」


 次の瞬間メルフィの声にハッとし、次いでユリシルトが叫びながらそちら見やると、そこに広がっていたのは床へくずおれたエリック、そしてその王子を必死に介抱しようとしているメルフィ、という凄惨な光景だった。

 特に仰向けになったエリックは胸の辺りを押さえ、苦しげに息を荒くしている。見ればその胸からは出血がある模様で、上衣が目立って赤く染まっていたほどであった。しかもまさに風前の灯火というべきか、王子の顔色は瞬く間に生気抜け青白く変化していて……。


 「まさか、撃たれた?!」


 たちまちにしてユリシルトがエリックの元へ駆けつけようとしたのは、それゆえさも当然のこと。必然的にその形相も険しいものとなって。


 「く……!」


 ――だが、途端そこで彼女の行く手を阻んだのは、やはりあの結界なのだった。

 透明な、しかしどうあっても魔力無き者には通ることのできぬ、完璧な壁。当然のごとく女騎士もそれに再び思いきりぶつかってしまった、障壁が。


 「メルフィ様、王子の容態は!」


 それゆえ結局その二人から1ユーほど離れた場所より、侍女に向かって叫ぶことしか今はやりようがない。何よりアラミスの王子が倒れた、まさしく最大限に緊急の事態が訪れたというのに。むろん、そこにあるのはただただもどかしい思い、それだけで……。


 「エリック、エリック!」


 しかし呼びかけられた当のメルフィの方は、恋人の様子に狂ったように叫ぶだけで、ユリシルトのこと振り向きもしなかった。すなわち、ただただ彼の胸の辺りに手をやって、とにかくそれ以上血が出ないように必死に試みている。もちろんその動作が大して意味を為さないことについては、まるで気がついていないようだ。

 従ってその様見た騎士がさらに声大きくしたところで、それすら全く耳に入っていなかったのは必然、まさしく取り乱した状態そのものといえよう。


 「早く王子を結界の外へ!」


 そう、いくらユリシルトが理性的に言葉掛けても。

 畢竟、見る見るエリックの顔色は白さをいや増して行って――。



 (くそ、どうすれば……)


 透明な壁をどんどんと打ち続けながら、かくてユリシルトは一人忙しく黙考していた。何といっても王子が死に瀕しているという絶体絶命の事態である。時間など、もはやほとんどなきに等しい。当然ながら下へ行ってロディを呼んでくる、そんな選択肢も考えることできないほどに。非情にも刻一刻、目の前の青年が命失っていく中。

 はたしてまさしく万策尽きた、現前したのはそうとしか表現しようのない状態……。


 (まずはこの結界を破らないと!)


 そんな心の声も、強く放っているというもの。

 とにかく早く何かの方法で、エリック王子の生命つなぎ留めねば、と。

 とはいえ素晴らしい良策などすぐ思いつくはずもなく、いつしか思考はああでもないこうでもない、とぐるぐる堂々巡りすらし始め。


 ひたすら泣き叫ぶメルフィ、切り裂くように冷たい風、相変わらず仄明るい部屋、そして何より、夜空に浮かぶ超然とした、真っ青な満月。その妖しい光が余りにも今のこの場面に適し過ぎていて、かえって憎らしくなってしまうほど。

 しかしそんなあくまで冷ややかな月とは対照的に、自分はひたすら焦慮の心にどこまでも囚われていくばかり。実際、倒れた王子前にして、何一つ手立てらしきものは見当たらなかったのだから。

 所詮一介の騎士である、自らには。

 魔法のことなど、もちろん分かりようもなく……。



 (目を、覚ませ……)

 (……え?)

 (――隠された、力を)

 (な、何?)


 だが、その時。――そうして一人ただ茫然と立ち尽くし、エリック見つめるばかりだったそんな一刹那、あたかも奇跡のように、突如としてその奇妙な現象は起こっていたのである。

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