第70話 決裂
「ここへ来たということは、マリーたちを倒したのか?」
やがて声音落として物問うたエリック。彼にとっては重大な問題なのだろう、その表情にもかなり深刻なものがある。ユリシルトがゆえにこちらも真剣な面持ちで応じたのは言うまでもなかった。
「……そんな、所です」
「彼女たちは、我々を最後までよく守ってくれた。できればあまり手荒な真似はしてほしくないんだが……」
「恐らく彼なら、とどめを刺すほどのことはしないか、と」
さらには、脳裡にちらりと黒鎧纏ったあの魔道士の姿、思い浮かべて。すなわち、自らが二人の敵相手にすることにより隙を作り、それによってユリシルトに塔へと至る道、切り開いてくれた。
万能の錬金術師にして、常にシニカルな笑み浮かべる、街のよろず屋――。
「それなりに、情けを知る者とは思えますから」
「そうか、とにかく命さえ奪われなければ……。そして君が、僕たちを止めに来た、というわけか」
「そうです、お二人が今手にしている、その――」
「悪魔の血、これを飲むのを」
するとそこで口を挟んできたのは、メルフィだった。相変わらず白い服纏った、今は青光の中妖精の如き雰囲気すら漂わせている彼女である。そしてもちろんその手の中にあるのは、あの得体の知れない禁忌の薬そのもので……。
「では、これが何かというのも、知っているのね?」
何より、その声に深い思いが籠められていたのは言うまでもない。
対して畢竟、騎士の方の瞳の色にも強く、かつ激しい光輝かせて。
「もちろんです。私はまず、あなた方がそれを飲むのを、何としても阻止しなければならないのですから」
その言葉は、エリックをして刹那眉をひそめさせた。はたして彼は、茶色の瞳に分かり易すぎるくらいの憂い纏わせ、宣ったのである。
「阻止――僕らがここクラウゼンブルクの民になるのを」
「もちろんエリック様たちにとっては大変心外なことと思いますが、しかしこれこそが私の義務である以上は、何とぞご容赦を」
「義務、か」
加えてその様が、ふいに哀切ともいえる色、いや増し。それはまさしく、この王子なりに決死の覚悟をはっきり示したものとしか考えられず――。
「――だが、だとしても、我々は易々とそれを許すわけには到底いかない。それくらいの強い決意のもと、はるばるここまで来たのだから」
そして次の瞬間には、ユリシルトに挑むように件の魔薬がぐいと再び口許近くへ運ばれている。そう、そこにあるのは自らが言うように断固たる鋼の意志、誰であってもそれ断ち切ることはとても不可能のような……。
「!」
むろんその動作はたちまちにして騎士に慌てた表情現わさせ、
「いけません!」
――何より、彼女に刹那もの凄い勢いで前方、二人の恋人の立つ辺りへと駆け出させるには、余りに十分なものなのだった。
「いけません!」
ユリシルトは腰に差した剣いつでも抜けるよう手を掛けながら、反射的に瞬間前へと走り出していた。言うまでもなく、ついに王子たちが禁じられた選択肢、選ぼうとしてしまったのだ。
すなわち、魔力得るため、悪魔の血を飲むという。
だが、それを実行した途端、もはや彼らがアラミスへ戻れなくなるのは必定。ユリシルトの任務は完全に失敗し、何よりも王国は唯一正当な後継者、とうとう失うこととなる。
200年続くファルク王家の希望の星を。国王陛下の大いなる悲嘆の声とともに。
(それだけは、させない!)
むろんだからといってそんな悲劇的な事態へただ手をこまねいて眺めているユリシルトのはずはなく、彼女はますます速く、一息にエリックたちの眼前まで迫り行く。もちろんそんな女騎士を止めるものなど両者の間には何もなく、そうしてその手は剣抜きつつ、今や2ユー程度の僅かな間合いへ達したほど。
そう、そしてなぜかいまだ慌てた素振り見せない相手見すえ、抵抗するならこの得物使うのもやむなしと意志を瞬時に固め――。
(多少、手荒な真似をしても!)
ここで一気に勝負掛けるため、騎士は裂帛の気合もろとも王子と侍女、二人の元へと敢然とただひたすら突っこんでいった……。




