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第67話 右のガントレット

 それはまさしく、真空波の乱れ撃ちだった。

 数えきれぬほどの鋭利な風の刃が、一瞬で黒き鎧へと襲いかかっていく。

 その威力たるや間違いなく、これまでの中で最強クラスのもの。

 だが当然ながら、体勢崩したロディにはそれらを避ける術などもはや一つも残されていない。むろんナイト・ブレイカーの力によって幾分魔法防御は展開できるだろうが、しかしそれだけではとても防ぎきれそうにない規模の攻撃なのだ。

 すなわちもう観念したというのか、かわそうとする素振りすら、まるで見せられぬくらいの。

 ――一瞬にしてその身体が見えざる刃によって切り刻まれるのは、従って必定のことで。


 「もう逃げ場はないよ!」


 そんな風が空間を走る音やたらかまびすしい中、マリーの絶叫が同期するように激しく響き渡っていた。

 そう、彼女にとって勝負はもはや決まったも同然、後にはロディの敗北という輝かしい結果が残されるのを待つばかりとさえいえる。必然的に、慢心に満ちた笑みさえ隠しようもなく口辺へ浮かび……。

 何よりこれでようやく、自分たちの計画邪魔する者を排除することができると思えば。

 長きに渡る苦難のすえ辿り着いた、遠大な計画の成功を。


 (さて、どうする?)


 ……そしてその奢りがそうさせたのだろう。まさに刹那、風刃到来に対してロディが突然右腕をその方向へぐっと掲げた――それもなぜか妙に落ち着いた様相で――のを見ても、当の女魔道士はそんなこと一切、そう、塵ほども気に掛けることすらなく、


 「そんな、これは!」


 さらにそれとほぼ同時に迸った相棒の驚愕の叫びとなると、一瞬だけとはいえ、しかと認識するのが明らかに遅れてしまい。

 だが、それはほとんど致命的とも言える、ほんの一瞬。勝負の帰趨をまこと決するような。


 ――そしてそんな緊迫した空気の中、突如としてそれは起こったのである。


                  ◇


 「何だ、一体!」


 それはなぜか風を放った、当のマリー自身の驚愕の声だった。しかも先程までの余裕、はや幻のようにかき消し、その眼まで大きく見開かせて。すなわちそれくらい、今眼前で起こったのはあまりに信じられぬ事態。とにかく、およそあってはならぬような。


 「どうして深紅の斬撃が!」


 ――はたしてその声音には、知らず惑乱の響きまで含まれていたのだから。

 そして、その驚きの全ての元凶は、まさしくロディの掲げた右腕、正確には右腕を包みこんだ武骨なガントレットに他ならなかった。つまり傍目には黒い鉄の塊にしか見えぬそれが前方から襲来する真空波の中へぐっと突き出されるや、そう、まさにその風と腕が真正面からまともに衝突するかという寸前、あろうことかその真空の刃、吸いこんでいったのである。静謐と、まさに呼びこむようにして、例外なく。その様はもはやほとんど奇跡的としか思えず。

 そうして刹那訪れた奇妙な間。マリーの必殺の一撃が既に跡形もなくなっていたのは言うまでもない。もちろん、女魔道士としてはただ茫然とその場に立ち尽くすばかり……。


 「よし、大分魔力が溜まったな」


 すると突然、ロディがそんな妙なことを宣った。あくまでも平然とした風の言だった。さらにそのまま、その腕の先、拳を開き、じっと様子確かめるようにする。武骨なる未知の金属で隙間なく覆われた拳を。

 それは、時にして僅か十数秒だったか。だが、マリーとモハードにとっては、実に長く感じられた時間。まるでこれから起こる恐るべきことが、完璧に予想出来ていたような。


 「!」

 「な……!」


 何より、その時突如として、件の右のガントレットが異様なまでに眩しい青色の輝きで一気に包まれていったのを見れば。


 「魔力吸収、完了。パワーも最大レベルまで上昇、と」


 畢竟、魔道士はモハードの方向くやその右腕で相手のこと示し、いかにも威圧的な構えで前に立ちはだかり――。


 「さあ、続きと行こうぜ。次こそ勝負の決着を付けるために!」


 号令一下、再び拳合わせようとぐいとにじり寄って行ったのだった。

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