第64話 魔法の効かない存在
途端メラメラと凄まじい炎に包まれ出した、その身体……。
巨体が見えなくなってしまったくらい、それの勢いは余りに強く。
むろん、ローブに至ってはもはや完全に元の衣としての姿、逸している。
必然的に、火の中モハードは何もできずただ立ち尽くすばかりで。
「さすがにこれなら、効果はあるだろう」
――その凄まじき光景傍から見やりながら、ロディが声を洩らした。それはどこか、背後で呆然と立っているマリーへ向けて放ったもののようでもあった。
「とにかくあんたのお仲間、これでもう間違いなく戦えないぜ」
さらには、そんな一言、静かに宣ったのを見れば。当然対するマリーに恐怖からかゴクリと知らず、唾まで飲みこませて。
「……一体何なの、その力? 詠唱もなく、そんな簡単に魔法を使えるなんて」
「まあ、これは俺の力というより、このナイト・ブレイカーの与えた力さ。つまりこいつは、着用した者の魔力を一時的に数倍、高めることができる。要は悪魔の血の、簡易版とでもいった代物か」
「! それで一瞬のうちに反射の魔法も――」
むろんその解説はマリーをして大いに驚嘆させるに十分なもの。必然的に彼女はその眼、分かり易くも大きく見開いている。要はそれくらい、ロディの扱っているのは余りに常識外れのアイテムなのだ。もちろん自分も錬金術師ゆえ、それがまざまざと認識できたほどに。
魔法の鎧、ナイト・ブレイカー。そう、どうやらこれはそんなにも、強烈な能力隠し持ったものであったようで。
それゆえマリーがなかなか次の動き示せなかったのも必定、彼女は畢竟、遠巻きに相手見つめることしか今はできようがなく――。
「さあ、どうした、マリー・メイ。君はもう降参か?」
そうしてそれ見たロディが勢い声音落として相手へにじり寄ろうとした、
――しかし、その時だった。
「させるものか!」
突如として彼の背後より、あのモハードの途轍もない怒号が轟き渡ったのだった。
◇
それはまさしく現世の鬼のような姿だった。
いつしか炎が鎮まった中、今や茶色のローブは全て焼き捨てられ、上半身は裸、下半身は黒の長袴。ただ禿頭の下赤い瞳だけが爛々と激しい輝き放ち、ロディのこと恐ろしい眼力で睨みつけていたのだが。
「な、これは……」
だが、何より魔道士の注意を引いたのは、その赤銅色の肌した胴体なのであった。
すなわち見るからに筋骨隆々でたくましい体躯、その肌は、まさに至る所つぎはぎだらけだったのだから。そう、それはまるで、皆どこかから寄せ集めて来たかのような……。
「まさか、アンデッド?」
そうして呆然とロディが呟き零すと、後ろからマリーが声を届かせてきた。先程までの狼狽えが嘘のような、それは実に自信ありげな響きに満ちたものだった。
「そう、でもこの街の赤魔道士が使うゾンビたちとは種類が違う。彼は自らの力でアンデッド化した、あの食屍鬼なの」
「食屍鬼! 死体を喰らうという、あれか!」
「そうよ。しかもモハードは魔道士ばかり食べて来たから、いつしか魔法に対する耐性がつくようになった。そして今では、ほぼ魔法の効かない身体を手に入れた」
「なるほど、それで……」
そしてその答えはロディを大いに合点させている。間違いなく、目の前の巨漢になぜ魔法が効果ないのか、その明らか過ぎる解答だったのだから。むろんそれが分かったところで、食屍鬼モハードの与える脅威にいささかも減じる所なかったとはいえ。
当然鎧の魔道士はそれを受けて暫し立ち尽くし、しかもはたしてこれからどうすべきか、ここに来て初めてはっきりと逡巡示してしまい――。
「ハアッ!」
「!」
それゆえだろう、食屍鬼がその時突然予備動作もなく腰を低くし唸りを上げて腕を振るってくると、不覚にも防御の構えすら満足に取れず、思いきりその顔面に拳の一撃、喰らっていたのだった。
「ぐわ!」
刹那、遥か後方へその鎧纏った身体、軽々と吹っ飛ばされながら。




