第61話 我が使命
黒き鎧=ロディは6、7ユーほどの距離を置きながら、静かに相手のこと見つめた。いまだ背中の槍は抜いていないが、当然ながら戦闘モードにはすぐ移行できる体勢だ。何より、その全身から発されるオーラのおかげか、そこには隙というやつが微塵もない。それゆえそれ見たマリーが知らずゴクリと唾を飲みこんだのは、むしろ必然的なことなのだった。
「お前らが、アラミスの王子と侍女をこの街まで連れて来たんだな?」
さらにロディが泰然たる様のまま口を開くと、畢竟その応じた声にも真剣さが増し。
「……そうよ、それこそが私に課せられた使命。何が何でもあの人たちを守り通すという」
「そりゃご苦労なことだが、魔道士の君が何で異国の王子様をそんな熱心に守っているんだ? 普通は接点すらないはずだぜ」
「なぜって彼らは私の命の恩人だから。それがただ一つの答えさ」
そして不敵な笑みまで零すや、途端その雰囲気に剣呑なもの、纏わせ始めていく。いつでも、少しでも隙さえあれば躊躇なくこの胡乱な相手へ飛びかかれるように。肉食獣の如き獰猛さ、その瞳にきらりと。
その答えをはたして青年はどう受け止めたのか、いずれにせよ束の間沈黙が訪れ、しばしじっと見つめ合う二人――。
ともに凄腕誇る緑の魔道士同士、かくしてその刹那、両者の間には激しく見えない火花が明らかに飛び散ったようにも思われたのだが。
「おっと、そんなすぐ気合入れるなよ。こっちには後一つ、聞きたいことがあるんだ」
……しかしそのまさに戦端開かれるかという寸前、とっさによろず屋が口を挟み、彼女のそんな熱を一時冷まそうとしてきたのである。
むろんその一言はせっかくの勢いへ水を差すに十分だったものの、それでも訝しげな表情一瞬現わしただけで、次にはマリーは仕方なしと応じていたのだった。
「何よ、この期に及んで」
「いや、君、それに隣にいるそいつもそうだが、要は異邦人なんだろ? ああ、俺にははっきり分かるんだ、空気感だけで。……だがそれにしちゃ、妙にこのクラウゼンブルクの事情に詳しい。特にミラルカが悪魔の血を作ったなんて凄いネタ、一体どこで手に入れたんだ?」
一方ロディの方は、あくまで心からそれを知りたいという顔で熱心に訊ねてくる。よほどそのことが心のどこかでずっと引っ掛かっていた、とでも言う風に。――それゆえ女魔道士も、結局は諦めにも似た様示しつつ、その問いへ答えざるを得なかったのである。
「別にそれは大したことじゃないわ。確かに私は市外の生まれで、しかも最近になるまでクラウゼンブルクへ入ったことすらなかった。まあ、でも両親からこの街のことは常々聞かされていたんだけど。……そしてそんな私の父親が、亡くなる寸前、形見としてあるものをくれたの。私がたった一人になるのを心配してかどうかは今となってはもう分からないけど、とにかく、それは一枚の貝殻だった」
「貝殻?」
「見た目は普通だったけど、もちろん魔法のアイテム。恐らくクラウゼンブルクにいた昔、緑の魔道士から貰った。そしてその時、父は大事なことを話すようについでに私の眼を見て言ったものよ。つまりはお前が祖先の地のことを知りたくなった時には、この貝を使え。そうすればクラウゼンブルクにいる私の友人の声、しかと聞くことができる、と」
と、そこでマリーは一拍間を置く。どこか相手の反応見定めるような風で。事実自ら、それも過去のことを他人へ詳しく語る機会など滅多にないため、それに対して何を想うか、どうしても気になるようではあったのだが。
「なるほど、そういうことか」
だが案に相違して、魔道士ロディは実に興味深げな、かつ納得した素振りで大きく頷いていた。
「二枚の貝に魔法を掛けその間を結んだ、ある種の通信機だな。これは実に用意がいい。つまり君は、その貝を使って父親の友人であるクラウゼンブルクの魔道士から、あらかじめここの情報を得ていた、ということとなる」
しかも相当感心したという明るい響き、その声音に含ませて。
その意外さゆえだろう、マリーに瞳、瞬間瞬かせたくらいに。
「……本当変わった奴ね、あんた。これから戦うっていうのに。でもまああんたの言う通りよ、私は大分前から、クラウゼンブルクに関する知識、その誰とも知らない魔道士よりそれなりに仕入れていた。別に大して帰りたかったわけじゃないけど、ただいずれ何かの役に立つかも、なんて思って」
「そしてある日、ミラルカという男のことも耳にした、と」
「ええ、五、六か月前くらいかしら。つまりは王子たちを連れエメロットを脱出する直前。というかその情報があったから、クラウゼンブルク目指すこととなったんだけど」
「悪魔の血。それがあれば、二人を真のクラウゼンブルク市民にすることができる――」
そうしてロディが感心ついでにそう重々しく零すと、マリーはマリーでいかにも自信たっぷりに、そう、自らの考えついた計画の万全さ、斬新さ、締めの言葉として大いに宣っていたのである。
「そう、これは間違いなく誰も考えたことすらない方法。そしてエリックとメルフィがずっと一緒に、かつ安全なままでいるには、もうこれしか手段のない、唯一の」




