第60話 黒鎧の魔道士
「! 待て、マリー、敵が!」
……だが、その時突如として場が変化を迎え、結局彼女のそのどこまでも真心に満ちた一言も、最後まで続けることができなかったのであった。
「あれは……!」
むろんモハードのピリついた声を受け、マリーもとっさにそちら、塔へと伸びる街路の方へ眼差し向けている。完全な暗闇の中に沈んだ、長くまっすぐな道へ。当然ながらそこは視界定かでなく、目の前に広がっているのは茫洋とした闇ばかりだったものの。
「鎧の、騎士――?」
しかし二人の鋭敏な眼は紛れもなく何か、こちらをもの凄い勢いで目指してくる胡乱な人影を、確かに捉えていたのである。それも余りにも強烈な、怖気覚えさせるようなエネルギーの流れとともに。そうしてそれはたちまちにして街路駆け抜け、見る間に塔前の広場へ近づいてきて。
「一体、何者だ?」
――数秒の後には、その身は迷いなく早くも二人組のすぐ前までたどり着き。
だが一つも乱れていない呼吸、圧倒的な存在感。
「だが、何という力だ、これは」
そしてついにマリーたちは、その黒き鎧の騎士の威容をほんの目と鼻の先、すぐ間近で、大いなる驚愕交えつつしかと見やることとなる……。
それはまさしく全身黒ずくめの騎士だった。それもその両腕で、まだ年若い娘抱えた。
面頬を完全に下ろし、その素顔まったく窺うことのできぬ丸み帯びた兜。月光の下金属質な輝き全体に放つ、漆黒の武骨なるプレート・アーマー。くるぶしに拍車のついた、猛々しい鉄靴。そして右肩から伸びた穂先つきの棒を見るに、どうやら背には一本の長い槍を負っているようで……。
そんないかにも胡乱かつ威風に満ちた特異的存在が突如として現われ、しかも地獄の守衛のごとき佇まいで厳然と目の前に立ちはだかったのだ。一瞬マリーたちが息を飲んでしまったのも、状況鑑みれば仕方のないことでしかなかった。
そう、間違いなくこれは途轍もない相手だと。事前の予想すら、遥かに上回る。
畢竟、そのプレッシャーから二人は即座に警戒心高くぐっと身構え。
……むろん、そのこれから発されるであろう凄まじき攻撃に、力の限り対応せんと。
そしてマリーのゴクリと唾を飲む音さえ聞こえたかと思われた、――しかし次の瞬間。
「何だ、お前ら。丁寧にお出迎えでもしてくれたのか?」
鎧の騎士が、その姿には似合わぬ軽い調子の声で宣ってきた。まるで散歩の途中見知った相手に会ったかのような、それはやたら平静な口ぶりだった。
「! その声は……」
だが、むろんマリーはその声音へ一瞬戸惑い見せたが、同時にすぐさまそれが一度聞いたことのあるものだとハッと気づいてもいる。何より、刹那その姿に関するある一つの噂が、おのれの脳裡を稲妻のごとく駆け巡っていったのだ。
「ロディ・ランフォード、万能の錬金術師。そして……」
加えて次には知らず声震わせ、信じ難い思いのまま口開かせていたのだから。
「魔道の鎧、ナイト・ブレイカーを使う者」
――そんな言葉とともに、灰色の瞳、大きく見開かせて。
「ねえ、ロディ。いいからもう下ろしてよ!」
「え?」
「そもそも私を抱えたままじゃ、戦えないじゃない」
するとそんな黒鎧に抱きかかえられていたお姫様状態のままの娘――ユリシルトが辛抱ならずと声を上げた。
「それにあなたが凄いのは充分分かったから」
しかも彼女にしては珍しく、その顔をどこかほんのりと、乙女らしく赤らめながら。
むろん何よりそのどこか恥ずかしそうな抗議は相手、ロディをしてハッと我に返らせるに十分過ぎたほどで。
「おっと、悪い悪い。俺としたことが」
すぐに続けて謝るや、彼はあっさりと腕の中の女騎士を地面の上へと、もちろん丁寧な動作で下ろしてやっていたのだった。
「でもどうだ、このナイト・ブレイカーの能力は?」
……それでもそういった自慢げな問いかけだけは、どうにも抑えられなかったようなのだが。
「……凄いわ、あっという間にここまで来たのもそうだけど、彼女たちの居場所まですぐ探すことができたんだから」
「魔力追跡。まあだがそれはこいつの持つ力のほんの一部だ。本当はもっと色々なことができるんだぜ」
「何かとんでもないもの、作るのね……」
はたして次にはそのいかにもな慢心こめた大言で、ユリシルトのこと普通に呆れさせ――。
「ロディ、その鎧はお前だな!」
と、そこでそれまでじっと二人のやり取り見つめていたマリーが突然鋭い声を放った。今までになく、その瞳に険しいものがこもっている。むろんそれはロディを恐るべき敵と確信した、その証しとしての様に他ならなかった。
そう、何よりその一言で緑の魔道士、ようやくこちらへ振り向かせることができたのを見れば。
「――マリー・メイとその仲間か」
「そうだ。だが、ここは通す訳にはいかない!」
そうして異邦人マリー・メイはきっと瞳光らせその声音にさらなる荒々しさ帯びさせるや、
「私たちを倒さない限り!」
隣に立つ食屍鬼ともども、その身体ずいと一歩前へ、まごうかたなき敵の方へ踏み出していたのである。




