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第6話 特別な任務

 そこはなかなかに整理整頓された、広さもそれなりにある部屋だった。

 ロディ邸一階、中央にでんと木の長机が置かれた、広間のような場所だ。

 床には藍色のふかふかとした絨毯、左右の壁には風景画と幾何学模様の色鮮やかなタペストリー。また入って左側、壁際には横長の棚が置かれていて、そこには恐らく高価値だと思われる骨董品が列をなして並べられている。すなわち虎の置物や水晶製の人魚像、奇妙なデザイン持つ仮面といった。

 そして入口から向かって正面に開かれた、大きな窓。両開きのそれは、何とアラミスでは王宮か大聖堂でしかまず見ることの出来ない、超希少品たる透明なガラスで一面覆われており……。



 「さて、では仕事の話へ入ろうか」


 かくてそんな部屋の雰囲気に知らず感嘆した風でもある相手をよそに、ふいにロディが瞳の色をきらりとさせた。


 「さほど時間に余裕があるわけでもなさそうだからな」


 むろんそれは使命感溢れる女騎士としても願ったりかなったりの提案、彼女が自らを襲った諸々の惑乱からハッとようやくにして立ち直り、次いでいかにも真剣な態へと急ぎ居住まい正したのは言うまでもなかったのである。


 「そうね、名乗り合いも終わったことだし」


 そうしてこの場にいる三人を改めて見渡し、一つうなずいてみせたユリシルト。その瞳に宿るのはまさに揺るぎない決意、としか喩えようがないものだった。


 「と言っても、マクセル伯から簡単なあらましは聞いていると思うけど」

 「ああ、大体のところはな」

 「要は人捜しよ、私の任務は」


 加えてそう言うと、特に目の前に座るロディの方を強く見すえる。

 はたしてそれが一方の魔道士に、声音妙に落とした言葉発させたほどに。


 「……だが、その当の相手というのが相当問題、ということか」

 「そう、わがアラミスの王子エリック様と、王宮付き侍女のメルフィ、この二人」

 「わあっ」


 すると途端やけに幼い声が上がって、二人の、いやユリシルトの注意を大いに逸らした。ゆえに彼女が声のした方、ロディの右側を素早く振り向いたのはしごく当然のことだった。


 「すごい、本当に王子様が侍女と駆け落ちしたんだ! ほとんど物語の世界だね、それ」


 むろん、その声音の主がどんな嬉しげな顔でそれを放ったのかは、寸分の狂いなく完璧に予想ついていたものの。


 「でも、どうしてその人たちがこの街へ来たと分かったの?」

 「……エリック王子失踪後殿下と親しかった騎士が、ある日陛下に告白したの。自分は前に、王子からあることを告げられていた。すなわち、自分はこれからメルフィとともに逃げるつもりだ。そしてその行く先は、クラウゼンブルク、だと。――彼は口止めされていたけど、ついに良心の呵責に耐えられなくなったのね」

 「なるほど」


 と、そこで口を挟んできたのはロディ。その表情は納得が半分、だがまだ訝しさも半分といったものである。


 「まあ、王子くらいの身分になると隠れ場所にもかえって困るだろうからな。そういう意味ではここは逃げ込むのに最適な場所なのかもしれない。どの国も力ずくではどうしようもない以上。だが、一方でいくら決めたとはいえ、それで易々辿り着けるほどクラウゼンブルクが甘くないのも事実。特に魔法の使えない者には。――ということは、誰か協力者がいるわけだな?」


 ユリシルトはその鋭い指摘に深くうなずき、すぐに淀みなく答えた。


 「ええ、その点にも大体見当はついている。実はアラミスの王都エメロットには少し前から一人の魔道士が住み着いていて」

 「ほう?」

 「どこかから長い旅をしてきたらしいのだけど。そして王子の失踪後、彼女もほぼ同時に姿を消してしまったことを考えれば――」

 「今度の事件にはその女魔道士が一枚も二枚も嚙んでいる、てわけか」


 そうしてその言にロディがいかにも興味深げに瞳輝かせると、騎士の方も語気強め、しかとした響きで正面から応じていたのだった。


 「そういうこと。だから王子たちを国へ連れ戻すには、まずはその魔道士も早く何とかしないと」



 「そうか。では、これからいよいよ王子様探しとなるわけだが。――おっと」


 かくて話が進むや、その時ロディはふと何かを思い出したように瞳を大きくさせた。


 「まずは君に細工を施すのを忘れていた」

 「細工?」

 「少しは魔道士っぽく見せないと。でないとこの街でどんな奴に狙われるか分かったものじゃない」


 そうしておもむろに懐へ手を入れると、そこからさっと一枚の細長い紙のごとき何かを取り出す。


 「え?」


 しかもそれをぐいとユリシルトの方へ無造作に差し出してきたので、彼女が知らず驚きと戸惑い示したのも当然のことなのだった。


 「な、何これ?」

 「偽魔道士の護符、さ。つまりはただの人間を魔道士に見せかけることができる。さあ、これを腕でも何でも、身体のどこかへ貼りつけるんだ。そうすりゃ安全度は五割方以上高まるから」


 そしていまだ当惑する騎士の手の中に半ば強引に押し付けられた、ロディ言うところの一枚の奇妙な護符。それは紛れもなく魔道士らしきローブ纏った豚という何とも馬鹿馬鹿しい意匠で彩られたもので――。


 「こ、これを……」

 「どうした? 早く付けろよ」

 「う、うん」


 瞬間嫌がる気持ち何とか抑えたものの、だがそんなユリシルトはまだ19の年若い娘に違いなかったのである。

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