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第59話 百塔の街

 白の街、そこは別名『百塔の街』とも呼ばれているくらい、無数の塔が林立する場所。

 すなわちそれらは皆全て白の魔道士たちの、神への厚き信仰心を証し立てるものに他ならず、そう、そうした遥かな天へと届くような建造物幾つも築き上げることによって、彼らは少しでも神のいる座へ近づこうとしていたのである。

 それも、クラウゼンブルクができたばかりの、遥か150年前からずっと。決して神の愛の享受、諦めることもなく。

 その信仰の熱ゆえだろう、はたして白の街は全体的に、げに清浄で静謐な空気に厚く、深く包みこまれており――。


 そんな街の一画、北の城壁のすぐ間近に、これまた長身誇る、一本の塔が立っていた。

 長い街路の果て、小さな広場を前にしてひっそりと聳える、しかし今はもう使われていない塔だ。

 その名はセラーティの塔。市の記録によれば、街で四番目に高い塔だという。もっとも打ち捨てられてから相当経っているため、かなりの期間、無人状態が続いているということともなるのだが。

 100年前という古き時代。クラウゼンブルクで実際起きた異民族の侵入の激しさを今も密やかに伝える、かつて見張り台として使用されていた塔。

 そうしてその古びた塔は今日も物言わずじっと遥かな高みから下界を睥睨し、何よりいつにも増して辺りは寂寥たる感、ひたすら漂わせていて――もっともその怪しげな二つの人影、満月の夜のまっただ中、塔門の入口すぐ傍に立つ隠しようもない鬼気伴った彼女らだけを除いては、の話であったものの。

 それは言うまでもなくマリー・メイとその相棒モハード。異邦からエリック王子たちをはるばる守護しつつ連れて来た、だがいまだ自身の素性については実に謎めいた二人組。かくしてコロセアムの地下室から脱出後辛抱強く何かを待ち受けてでもいたのか、そんな魔道士たちはいっかな後ろの塔の中へは入ろうとせず、ずっとその場から巌の如く動かないままだったのである。月明かり煌々と照らす、余りにも冴え冴えとした辺りの空気、その肺へと吸いこみながら。

 そのそれぞれの瞳の強い意志の光、決して衰えさせることなく、時だけが、ただいたずらに過ぎて行き。


 「静かね」


 ……やがてマリーがそう口を開かなければ、あるいはそうしたしじまの時は、いつ終わるとも分からずまだ久しく続いていたのかもしれないくらいで。



 「――でも、嫌な予感がするわ」


 そうしてしばしの間の後、女魔道士がポツリと先を続けた。それは来たるべき脅威を前にしての、形容し難き不安の発露とでもいうべき小さな呟きだった。

 むろん、だがそんな密かな声音はたちまちにして夜の闇の中へと吸いこまれていく。従ってすぐ隣にいる巨漢が応じてこなければ、場は再び静寂の世界へと戻っていたに違いあるまい。それくらい、辺りの森閑とした空気には重みさえあったのだから。

 あるいはモハードの方も、その静けさを半ば恐れて声を出さざるを得なかったのか、そう思わせたほどに。


 「……やはり感じるか、迫り来る気配を」

 「ええ、それもかなり厄介な奴よ。油断なんかとてもしていられないくらい」

 「早くもここが見つかったようだな」


 そして相棒が重々しい口調でそう告げると、マリーはどこか諦念のこもった風で、静かに答えたのだった。


 「間違いなく。後数分もしないうちに」


 続けて不思議な笑み、口許へと浮かべつつ。


 「――恐らくこれが最後の戦いとなるはず。俺もむろん、持てる力全てを出してお前を守ろう」

 「そうね、敵は紛れもなく凄腕の魔道士。こういう時こそ、モハードの力が頼りになる。魔道士の死体喰らい続け、ついにはほとんどの魔法無効化できる能力手に入れた、食屍鬼であるあんたの」

 「とにかく俺が相手の魔法食い止める。そしてその隙にお前が――」

 「そういえば、あんたと出会ってから、もう大分経つわね」


 かくしていかにも自信ありげにモハードは宣おうとしたのだが、しかしその時マリーが笑みを大きくし、ふと口を挟んできた。相手が知らずその意外さに訝しげな顔を示した、それはそんな言だった。


 「? そうだな、あの砂漠で出会ってから」

 「多分五年ほど前よ。そう、南の砂漠の廃寺院の中で、あの時あんたは魔道士の呪にかかり、動きを封じられていた。永遠の飢餓に苛まれたまま。そうして私が動物の死骸を与えなければ、間違いなくその苦しみはずっと続いていたはず」

 「お前はまさしく命の恩人だ。だから俺はずっとマリー、お前に従ってきた。その恩に報いるために」

 「……私がこれまで危ない橋を渡ってこられたのは、モハードの力のおかげ。私の方こそ、感謝してもしきれないくらい」


 しかも相棒はいつになく真剣な面持ちでさらに先を続けてくる。対する食屍鬼がむしろどこか驚いてしまったのも、畢竟決しておかしな反応などではあるまい。加えて頭巾の中の赤い瞳、忙しなく瞬いたのを見れば。


 「どうした、突然そんなことを。何だかお前らしくないぞ」


 だが、マリーの方も決してその様子、今は変えることがない。


 「……これから行われる戦いは、絶対に凄まじいものとなるわ。そう、今まで経験してきたのが、全てお遊びに思えるほどの。だから、相棒であるあんたに、最後これだけは言っておきたかったの」


 いや、むしろその声音にはさらなる真摯な響きまで籠められていて。瞳の色も、やけに今は眩しく。――そうしてついに喉から泉のごとく一気に迸り出てきた、その言葉は。


 「モハード、あんたは間違いなく、私にとって最高の……」

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