第56話 降臨
それはまさに上天から降りて来た光だった。
ユリシルトがそちらを慌てて振り返るや、そこ、暗い空の一点には純白の美麗なペプロスなる外衣纏った人物と、それを取り囲む三人の仮面付けたローブの者たち、そんなあえかな金の後光差した一団の姿が眩く浮かんでいたのだ。しかもそうした四つの人影は段々とゆっくり、まさしく春の陽射しのごとく衣ひらひらさせ地上へ近づいてきて。何よりその各々が手にねじくれた杖持っていたのを見れば彼らが魔道士なのはまず一目瞭然で、途端女騎士が驚愕に目を見開いたのは言うまでもない。
「え……、あれは」
それゆえ当然ながらその声音も完全に訝しげな、ただし加えてどこか圧倒された感がある響きで包まれていたものの――。
「ち、来やがったか」
だが、なぜかその隣には、妙にうんざりした顔でそれ見つめるロディがいたのだった。それもユリシルトとは余りに対照的に、実に普通の声である。従って彼はやがてげに幻想的な四つの人影がついに優雅に降り立ってきても、いかにも大儀そうに一つ息を吐いただけで、
「もっともどうせ、用事は一つだろうが」
――そんな面倒くさい感満載の一言まで、ついでに零している。
むろんそれは今まさに眼前に位置を占めた彼らのことをよく知悉している、明らかにそんな感もこめられた響きで、そこにはユリシルトのごとき驚きなど一切存在するはずがなかった。そう、そうした気持ちが親近感とはかけ離れたものであったにせよ、あるいは彼らはロディにとって言わば相当お馴染みの人々だったのかも知れず……。
「何なの、この人たち――」
かくしてただ事情の分からぬユリシルト一人を呆然とさせつつ四人はまるで天使来臨の如く広場の真ん中に美しく着地すると、さらにそのまま厳かな、かつ堂々たる風まで漂わせて、ロディたちの前に静かに鎮座していたのである。
「久しぶりだな」
やがてそんなしばしの声なき奇妙な対面時間が終わると、一団の内の一人、中心にいるペプロス姿がまず妙に気安い風でそう呼び掛けてきた。むろん誰かは言わなかったものの、その対象が当の魔道士ロディであるのは確認するまでもなかった。何より、彼だけはこの緊迫感漂わせ始めた空間の中(ちなみに背後にいるイーノたち三人は、いつの間にか恭しく相手へ向かって跪いていた)、いかにも平然たる面持ちでその人物の声音耳にしていたのだから。
そう、輝かしい金の長髪に、燃えるような紅の瞳、完璧な鼻梁、薔薇色の唇、そして何と言っても一番特徴的な二本の長い雄山羊の如き角を頭から生やした、とにかく尋常でない美しさ誇る者の高らかな声を。すなわちその様は、まさに神々しいと形容する以外、何も言葉がないくらいで――。
「ああ、そうだな」
「まったく、お前はなかなかエクサミリオン城に寄りつきもせん。たまには顔を見せに来いと言っているというのに」
「……こっちも結構忙しくてね」
「ふむ、よろず屋というのもそれはそれで因果なものだ」
だが、そうして交わされ始めた二人の会話だが、それは妙に普通じみているというか、まるで家族同士の他愛のないやり取りのようなものだった。むろん傍で聞いていたユリシルトは知らず目をパチクリした状態だ。そう、まさか目の前の人外とすら思える存在と、隣にいるありふれた青年に過ぎないロディが親類関係にあるとは……。とはいえそうして浮かび上がった疑問をここで口にするわけにもいかず、彼女は彼女でただ茫然と両者のやり取り、見つめているのみだったものの。
「ああ、大変な仕事さ。色々と」
「――それで、今はそこにいる外の者の手助けをしているということか」
と、だがそこで突然そのペプロスが視線を彼女の方へと寄越してきた。深紅に輝く美しい瞳が、気の強いはずのユリシルトをして思わずぎょっとさせたのは言うまでもなかった。
特にその美しい口許に、形容し難き笑み浮かべていた上は。
「……やはりあんたには隠せないか」
「当然だ。一目見て分かったよ。……ただし魔法使えぬ者にしては、不思議と隠された力に溢れている。なかなか興味深い娘だ」
「だがいずれにしても都市の外の人間がいるということで、この子も追放になるのか?」
そしてそんなユリシルト守るようにロディが言葉強くすると、謎の人物はしかし謎めいた笑み浮かべ、静かにこんなこと、宣ってきたのだった。
「もちろん本来ならばな、正式に市政当局の許可でも下りない限り。……だが今回は特別だ。何よりあの禁じられた魔の薬が関わっているのだから。つまりは、今私は、是非ともお前の力が借りたいのだ」
――加えて笑みを深くし、きらり、瞳の色一層輝かせて。
◇
こうして話は謎を深めたまま進んでいったが、その時それまでぼうっと突っ立ったままだったユリシルトへ、背後から掛かってきた声があった。
「ユリシルトさん、ユリシルトさん……」
「え?」
むろんその声音に慌てて振り返る騎士。そして言うまでもなく、そこにはいかにも不安げな表情でこちら見上げているファルの顔があったのである。
「ファル?」
「何しているんです、早く座った方がいいですよ」
「そうなの?」
「うん、何といってもあの方の御前だから」
するとその隣から、ナッシュの加勢してきた言葉。普段はクールで不遜な感じのする彼も、今はなぜかかなり畏まった状態であった。そう、それ見たユリシルトに知らず不安な感情、ふと覚えさせたくらいに。
むろんとはいえそれでも、彼女は戸惑いに満ちた表情、浮かべただけだったのだが。
他にどうしようもなく。
「あの方って」
「だから」
そしてナッシュはなおもかように相手がその場に立っているのを見ると、次の瞬間痺れを切らしたか、やや声を強くして、まるで催促するようにある決定的な一言、告げてきたのだった。
「そこにいらっしゃるのが、<神秘公>コルネリウス・アグリッパ猊下なんだ」




