第55話 諦念の騎士
空にはすでに星々が瞬いていた。
雲一つない、時刻としては四月の宵の口である。
春とはいえ吹く風も段々と冷たさを増してきて、この分なら今日の夜は相当寒いこととなるかもしれない。何より、東より次第に光追い払ってきた闇空の中、天には満月が早くも明々と怜悧な輝き発していたのだ。
まるでどこまでも冷ややかに、下界で起こる有象無象見下しているように。
そう、そんな下らないことには、はなから興味も関心もまるでない、と。
それくらい今宵の月の表情はいかにも超然たる様相で、もちろん取りつく島も一切ないに等しく……。
「ふう、駄目だ。まるで見当たらないな」
そしてそんな青く冴え冴えとした大きな月の下、魔道士ロディもまた辺りの肌寒さに知らず外套の襟合わせながら、そんな焦慮にも似た声上げていたのだった。そこは黄金の街、いよいよ閑散とした空気に包まれた空虚なる広場の一画。むろんコロセアム地下でアルフィノたちから大急ぎ逃げて来た直後ゆえ、彼自身、それなりに荒い息をしている。まさしく急を要する事態そのものの風だ。何より今はマリー・メイたちを寸前で取り逃がしてしまった以上、これから何が何でもその居場所を探し当てなければならなかったのであるから。それも今すぐ、できるだけ早く。
畢竟、その声音にも焦りの色が実にはっきり含まれてくるというもの……。
「ロディ」
そうして彼は改めて周囲ぐるりと注意深く見回してもみたのだが、するとそんな彼へ背後から掛かってくる声があった。振り返るまでもなくそれが誰のものかは一耳瞭然、そんなもはや馴染さえある声音だった。
「ユリシルト」
「もう王子たちはこの辺りにもいそうにないわ。多分、どこか遠くへ」
「……」
「だからもう、諦めるしか――」
はたしてその人物、アラミスの騎士ユリシルトが知らず声音落として告げてくる。しかも珍しく分かり易いくらいに弱気な感で。いつもは勇ましいくらい生気に満ちているというのに、そう、そこにあるのはあからさまな諦念というやつでしかなかった。
それゆえ畢竟、場の雰囲気もかなり沈んだものとなり。
ユリシルトの瞳にはさらに続けて、昏い苦悩の光さえ浮かび始めたのだが――。
「何、大丈夫だ。道はまだ残されている」
しかしそんな娘の気持ち断ち切るように、次の瞬間ロディは相変わらず平静な風で口を開いていたのだった。
「? でも、もうどこにいるか分からないんでしょ? こんな広い街の中よ、これじゃ探しようがないわ。多分イーノの鼻でも」
当たり前のように相手の反論すぐまき起こし。
「だろうな。確かに通常の手段は完全に尽きた。やれることはもはや何もない」
「だから――」
「だが、それはあくまで通常の話。非常事態用の、最終手段を使えば……」
そうして彼の言葉は続き、だがそれは騎士をしてかえってさらなる惑乱もたらすもの。何より、魔道士のいう『最終手段』なるものが彼女には一向に分からなくて。
「え、それって」
当然ながら、俄然訝しげな表情となって大きすぎる疑問、たまらず口にしようとしたものの。
「一体――」
――だが、その時。
「! これは……」
「黄金の光? まさか」
「え? ひょっとして、あの方が?」
それまでじっと二人の話に聞き入っていた助手たちが突如として何かを感じロディの背後で騒ぎ出し、騎士のそんな疑問は宵闇の中あえなく中断されることとなってしまったのである。




