第5話 緑の街の家にて
「なるほどなるほど、君がユリシルト・メナーズ卿」
陶器の椀に入った香り良い茶を口に含みながら、件の魔道士、ロディが言った。
相変わらず不敵というか悪童めいた雰囲気で、今は黒の外套を脱ぎ、いかにも寛いだ姿となっている。むろんこれ見よがしとばかりに先ほどぶら下げていた緑色のメダルも、緑の街にある自分の家へ帰宅して早々外し済みだ。
そうして彼は長方形の卓を挟んで対面に座る娘――ユリシルトへと向かって、椅子の背もたれに身を預けた姿勢のまま鷹揚に言葉を継いでいったのだった。
「アラミス王国の立派な騎士にして、マクセル伯の有能なる弟子」
「――立派で有能かどうかは分からないわ」
「だが一人でこんな僻地までやって来たんだ。少なくとも単なる無能な奴にできることじゃない」
「そうだといいけど」
だが対してユリシルトの方はその取って付けたような修飾にいささか迷惑げでさえある。もちろん本人としてもそれなりにプライドや自信はあったが、しかしそれをいまだ素姓の知れぬ男に言われるのは何とも妙な感覚なのだ。
酒場での一件ではないが、特にやけに軽そうな相手の雰囲気もあり。
「……それで、ここにいるのがあなたの仲間なの?」
かくてもうその話は結構と、早々と話題を変えたユリシルト。当然ながらその声は、テーブルの向かい、ロディを真ん中にして左右にいる二人に目立った反応示させたのだった。
「……」
はたしてまずは向かってロディの左側に座す若い男が、微妙ながら頭を下げる、すなわちお辞儀するような素振りを示してくる。むろんそれはつい先ほどロディとともに酒場にいたあの美少年ナッシュ、いでたちもさっきと変わらず、やはり氷のように冷たく美しい青瞳がユリシルトへ静かに向けられている。こうして落ち着いて見てみると、ますます人形的なものにすら思えるその秀でた容姿とともに。
「あ、どうも、初めまして……」
そしてその直後、アラミスの騎士へ掛かってきた声。どこか慌てた風もあり、何よりまだ完全に声変わりする前の子供としか思えぬそれは、美少年の反対側、ロディの右隣に座した人物の放ったものだ。もちろんユリシルトにとってもここで初めて出会った存在で、彼女はまだ名前も聞いていなかったのだが――。
「あ、私の方こそ」
間を置かずして、なぜかユリシルトまでもが気持ちあたふたと彼には反応してしまったのだった。
「アラミスって西の海に浮かぶ島国でしょ? すごいなあ、そんな遠い所からここまで来るなんて」
「そ、そうね」
「後でお国の話、色々聞かせてくださいね」
すなわち、先刻は留守番役務めていたらしいその黄緑上衣にオレンジのズボンというありふれた服を纏った少年は、だがそのなりとは対照的に幸運の天使としか思えぬほど可愛らしい顔立ちをしていたのだから。
少しウェーブがかかり流れるようにさらさらな灰髪。眉はきりりとし、その下には大きくつぶら、かついたいけな紫の瞳。小さな顔にふっくらとした頬、そして幼くも小ぶりな鼻唇、といった……。
「うん、また今度……」
それゆえはたしてナッシュとはまた違う意味で、彼に対し女騎士が強烈な衝撃受けたのは、わざわざ言うまでもないことだったのである。
「ハハ、そうだな。本当はもう一人いるけど、とりあえず今いるのはこの二人だ」
するとそんなユリシルトの動揺をよそに、眼前に座る青年が大らかに言った。
彼女からすれば異常なまでの美しさ誇る少年二人に左右を挟まれた信じ難い状況だが、むろん慣れているのかそれに関して一切気にしている素振りはない。むしろそんな二人のことはあっさり片付けてしまおうと、彼は笑顔のまま話してきたのだから。
「ます、こっちにいる金髪がナッシュ。薄々気づいていたかもしれないが、彼はダークエルフだ。つまりは人間じゃない。そしてもう一人、こちらの子供みたいなのがファル。まあ、これに関してはちょっと分かりにくいかもしれないな。すなわち、彼はハーフリングなんだ」
「え、ハーフリングって!」
だがその話し中の何気ない一言はユリシルトに俄然思いがけぬ驚愕もたらす。
ロディの告げた単語が、あまりにも意外過ぎたのだ。
「ひょっとしてそれって草原の小人族のこと?」
「ああ、そうだが。どうした、そんなに驚いて?」
「だって、私の知っているハーフリングは……」
そしてそのまましばしの絶句。それくらい彼女にとって目の前の天使風少年がもたらした衝撃は強烈過ぎたということか、そうしてポカンとする青年に対し、次にはその口より知らず呆然とした声まで洩らしていたのだった。
「もっと野性味あるというか、原始的というか――」
「そりゃ誤解だよ。もちろんハーフリングという妖精族にはそういったイメージが強いが、実際はかなりの個体差があるからな。要は人間と一緒、色んな奴がいる」
「それにしても、こんな天使……」
「とにかく」
と、いまだユリシルトはかように分かり易く惑乱気味だったものの、しかし一方そんな相手をよそにもうこの話題は終了とふいにロディが語気を強める。それよりも遥かに大切なことがまだ残っている、とでも言いたげな風だ。そして当然の如く次いで実際彼はぐっと椅子から身を前へ乗り出すと――。
「助手のことはもういいだろう? それより肝心の俺のちゃんとした自己紹介がまだなんでね。全ての話はそれからだ。そう、この魔道士ロディ・ランフォードと君が仕事をする上での」
そう、かくていかにも自信漲る口ぶりと態度でしかと告げられたのは、紛れもなく彼の名、そのものなのだった。




