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第49話 帰還

 緑の街のただ中にある、お馴染みのロディ邸――。

 そこはなかなか凝った造りのポーチまで付いた、洒落た外観の建物だ。しかも外壁は派手な赤レンガ造りで、なるほど大分遠くから見てもすぐにそれと分かる見た目をしている。

 そしてなおかつ、その二階建ての家の前に通っているのは、二台の馬車が余裕で横に並走できるほど、実に広々とした道路。それはまさしくこの一帯がそれなりの富裕層御用達地区であるという、確かな証しでもあり。

 要するにここは辺りに瀟洒な屋敷も多く建てられた、ロディ・ランフォードの経済状況の一端をおのずと詳らかにするような、閑静な住宅街。当然道行き交う人々の姿も至極上品で、かつどこまでも清潔感溢れたものに違いなく……。



 「あら、ファル。いつもそんなに掃除して、熱心なことね」


 そうして穏やかな静けさに包まれたお昼時、どこか考え事をしているような顔をしながらファルが箒で自宅の玄関前を掃いていると、そんな少年に声を掛けてくる者があった。


 「え?」


 当然ながらその呼びかけにハッとしたファルは、すぐさまそちら、背後を振り返っている。それが間違いなく女性の、それもかなり聞き馴染のある声音だったからだ。


 「でも、今日はずっと一人なの?」


 そう、そこににこやかに立っていたのは、道を挟んで向かいの家に住んでいる、エルフの年若き夫人。旦那は老齢ながらかなりの大金持ちだというから、自身も当然相当裕福な暮らしをしているのだろう。確かにその着ている服は絹のコタルディに美しい外衣と一等貴族並みで、実にファルの目には眩いものがあった。

 しかも何か聞きたいことがあるのか、そんなげに麗しき彼女がさらに艶然たる笑みまで浮かべてこちらへ近寄ってきたのである。純情なファルが途端どぎまぎしてしまったのも、まこと必然的というやつでしかない。


 「えっと、そうですね。というか、いつも掃除は一人で――」

 「あら、そういうことじゃなくて。いつもはあなたとよく一緒にいる子がいるじゃない。あのダークエルフの、綺麗な顔した」

 「ああ、ナッシュのことですか?」


 ――だが、エルフ夫人の正味の目的は実際ハーフリングとは別の所にあったようだ。すなわち次の瞬間夫人はその視線をたちまちファルから離し、どうにも気遣わしげにロディの家の方へと向けていたのだから。つまりは、件のそのダークエルフがどこかにいないか、あるいは二人の声を聞きつけてさっと出てこないか、と。

 その様見たファルの頭に、すぐさま閃くもの訪れさせていたほど実に分かり易く。


 「……すいません、ナッシュはちょっと留守でして」


 もっともそれが分かったところで、少年には結局そう返すしかなかったのだが。


 「そうなの……、何だか今朝から全然姿見てないし、心配ね」

 「はい、――いや、必ず帰って来るので、大丈夫ですから。ところでナッシュに何か用があるんですか?」

 「え? いえ、そういうことじゃないけど、ただ心配になって……でも、帰って来るらしいから安心したわ、ファル、ありがとう」


 そうしてファルが言葉続けると夫人は最後の一言に一瞬動揺めいたもの見せたものの、しかしすぐに元の様子取り戻し、再びにこやかな笑み満面と浮かべるや、


 「じゃあ、ナッシュにもよろしくね」


 ……そう言い残して、すたすた豪奢な自宅へと優雅に戻って行ったのだった。長いスカートの裾を、ひらひら揺らしながら。



 かくして後に残されたのは、再び箒を持った、ファルの小さな姿一つ……。


 (ナッシュと何かあるのかな、あの人?)


 当然ながら夫人の去った邸宅の方をじっと見やり、ハーフリングはそんなことを考えている。あの様子から、何となく、いやかなり怪しい感じを受けたのだ。しかもエルフとダークエルフという、基本不倶戴天の仲で普段ならおよそ考えられない組み合わせの何かを。


 (まあ、でもクラウゼンブルクならあり得るか)


 むろんファルがそうすぐ納得したようにここは魔法の街、異種同志の恋愛はおろか異種婚すら実にありふれたケースで、さらに言えばナッシュのあの美貌をもってすればエルフだろうと惚れさせるのはかなり簡単なはず、ではあったのだが――。


 (おっと、いけない! そんなことより、ナッシュの居場所を考えなきゃ!)


 しかしそうして想像の翼大きく広げつつあったまさにその瞬間、咄嗟にさっきまで考えていたことを思い出した、そんなファルなのであった。


 「――あ、ファルだ」


 そう、それはまさしくふいに背後から聞こえた、その声の持ち主に関する実に重大なことで。


 (そう、ナッシュったら、全然帰って来ないんだから)

 「ふふ、相変わらず綺麗好きみたいだな、ファルは」

 「本当、もうお昼だって言うのに。しかも何だか上の空で」

 「お腹空かないのかな?」

 (本当、お昼だってまだ食べずにみんなずっと待って……て、あれ、え?!)


 ――だが途端、それが確実に今自分の耳へ聞こえている――しかも何だか懐かしいもう一人の声とともに――ことに気づいた少年は、慌ててそちらへ振り返り、そして次の瞬間知らず驚愕の表情、ハッと現わしていたのである。

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