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第44話 懐かしい声

 気がつくとそこはやたら静かな一室だった。横の窓からは春の陽光が射し、窓の外では小鳥たちが賑やかに歌い、あわせて室内といえばさわやかかつ清浄な空気にどこまでも包みこまれている。

 しかも今は朝なのだろうか、吹き抜ける風は冷たくも穏やかで、頬や髪を優しく撫でていくのが清々しい。

 そして何より、ふかふかの温かいベッド。清潔な匂いも全体に漂い、まさに安眠するにふさわしい感じで、ほんの一瞬その寝心地の良さはロディ宅にある自分の部屋のそれを思ったほど気分良くさせるものだった。すなわちこれでふと、布団の柔らかい肌触りなどどことなく違和感らしきものがいくつか感じ取られていなければ。記憶の食い違いとでも言うべきか、ひょっとしたら、ここは自分のまるで知らない場所なのかもしれない、という。はたして明らかに、この部屋にはそれまでいたはずの所とは異なっている感もあり――。



 「!」


 と、その刹那だった。


 (あれ、ここは……)


 突如として、ナッシュはおのれが一気に現実へ引き戻されたことを悟っていた。そう、それまであやふやだった感覚が完全に澄み切ったものとなり、たちどころにはっきりしてくる、現状へ対する認識。

 すなわちここは屋根も壁もある、いやそれどころかベッドや家具類まできちんと設えられた、歴とした部屋――少なくとも、豪雨に襲われていたあの暗い街角ではなかったのだ。

 謎めいた魔道士と一戦交え、そして屈辱的にも一敗地にまみれてしまった、あの冷たい路上などでは。

 そうして途端嫌でもつと甦ってきたのは、苦々しい、しかし鮮烈な記憶……。



 マリー・メイ。ロディと同じ緑に属す魔道士は、確かそう名乗っていた。

 だが、その実力は確かに不敵な態度を取っても何らおかしくないレベルのものだった。その証しに戦闘開始後しばらくして彼女が赤く光るダガーを派手に振るってくるや、ナッシュは情けないことに呆気なく後方へ吹っ飛ばされていたのだから。それはまさに暴風にも似た凄まじさで。ある種の衝撃波だったのだろう、対するダークエルフに防ぐ手立てが何もなかったのは言うまでもなかった。

 もちろんナッシュはナッシュで地面に叩きつけられた痛みはそのまま、それでもすぐ反撃に移ろうとする。何といっても自分だって魔法の使い手、しかもロディ・ランフォードという凄腕のよろず屋の元で助手をしている――。

 彼はそうして隙をなるべく見せぬように早く、急いで立ち上がろうとしたのだが。


 「どうした、隙だらけだよ!」


 しかしそんなナッシュの弱々しい状態を相手がわざわざ見逃すはずもなく、畢竟、彼女は再び赤いダガーを素早く、かつ力強く天へと掲げたのだった。


 「これでも喰らいな、<真紅の衝撃>!」


 そんな力のこもった声音、同時に響かせながら。

 そして瞬間、襲いかかる猛烈な波動の感覚とともに、青い瞳したダークエルフの意識は完全無欠に真っ暗闇の中へと落ちてゆき……。



 (では、ここは一体……?)


 かくてその後の記憶は頭から完全に抜け落ち、ハッと気づけば彼はこのベッドに横になっていた、というわけなのだが。

 周囲は雨の街路とは余りに似ても似つかぬ、温もりあって清潔な、一切見知らぬ部屋。おまけに時間までもが、いつしか晴れやかな朝を迎えているようだ。どうやら一泊までしてしまったらしく、それゆえだろう、大分長い間眠っていたような気もして。


 (どうやって)


 だが、そうなると畢竟、どんな風にしてここに来たのかが異様に気に掛かったのは必然のことなのだった。もちろん一人でやって来たというのはまず論外であろう。その記憶がないのだし、そもそもまるで知らない場所なのだから。

 自力で夢でも見ながら、どこぞの安全な部屋探し出したというならばともかく。

 だとすると、他に考えられる唯一の可能性、というやつは――。



 「――ナッシュ、大丈夫?」

 「!」

 「まだ具合が悪いのかい?」


 そう、その時突然ベッド脇から掛かってきたどこか懐かしい声、ナッシュを大いに驚かせたそれの主、誰かの助力を得たということくらいしか、今の彼にはとても思い当たるふしなどありはしなかったのだった。

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