第43話 行方不明
次第に雨は勢いを弱め、もうしばらくすれば止んでしまうかとも思われた、夕暮れの少し前頃――。
「ナッシュの奴、何やってんだ!」
緑の街にあるロディ邸には、家主の焦ったような大声が響き渡っていた。
そこは家の二階、南側の大部分を占拠している食堂――大きな円卓と、四脚の椅子が並べられた部屋である。
ちなみにその卓の上にはウサギのシチューや子牛のパテ(肉かまぼこ)、花梨の実のサラダといったなかなか手の込んだ料理がずらり顔を揃えている。もちろん言うまでもなく、それらは皆ファル、ではなくユリシルトによる自信作の数々だ。すなわち彼女はファルが無事帰還した祝いとこれから行われる厳しい戦いのため、せめて今日だけは寛げるように、と腕を揮って豪華な夕食用意していたのだが……。
「ロディ、ごめんなさい。お昼ごろ、何も言わず出て行ってしまって……」
「行き先も告げずに、か?」
「うん。何か考え事していたみたいだけど」
結局それを食すべき内の一人がいまだ不在とあっては、なかなか楽しい食事の方も始めるわけにはいかないのだった。シチューに至っては、もう大分冷めつつあったというのに。
「くそ、嫌な予感がするな」
そうしてロディなどは、心配の余りかさっきから部屋の中を慌ただしくウロウロしている始末。そう、それはまさしく食べ物も何も喉を通らないといった有様だ。
何よりナッシュは大切な助手、ロディたちにとってかけがえのない仲間なのだから。
「でも、本当どこ行ったのかしら? こんな雨の中……」
「ナッシュは夜とか暗い時に出歩く癖があるけど、そういう訳でもなさそうだし」
椅子に座ったままのユリシルトとファルの方も、かくて心配げな面でそんな魔道士の様子じっと眺めている。むろん彼女らとしても今は案じる以外何もしようがないのが現実というやつだった。
「まあ、あいつのことだから、そこまで危険な目には遭わないと思うが……」
はたして急くように部屋の中歩き回っていたロディ自体、自分にそう強く言い聞かせ何とか落ち着こうと努めていた以上。
「だが、ひょっとすると。いや、まさか……」
……もっとも、それでも彼のみは何らかの予想、それもかなり不吉な予想が浮かび上がっていたようではあったのだが。
「ロディ、これから探しに行くの?」
「……そうしたいところだが、手がかりがまるでないからな」
「もう夜になってしまうしね……」
いずれにせよ、そんな三人にとって今はただナッシュの帰りを待つしか選択肢がないことはあまりに必然で、
「大丈夫かな、怪我していないかな?」
――その時いかにも不安げに呟かれたファルのその小さな声が、まさに彼らの心からの思いをはっきりと代弁していたのである。
◇
ロディたちが帰ってこないナッシュにやきもきしていたのと、ほぼ同じ頃。
ほとんど小雨となった、しかしいまだひんやりとじめついた空気残る中――。
マリーは風のように、人気のない裏道を足音もなく疾走していた。
ただし先ほど繰り広げられた激戦の影響か、その息は珍しく荒々しい。今すぐ立ち止まって休みを取らなかったのが不思議なくらいだ。むろん、急がなくてはいけない理由があったとはいえ。早く、少しでも早く彼らの元に辿り着こう、と。
そうして、これをすぐにでも見せてやるために。
……もうすぐ夜が訪れるのだろう、かくて辺りはすでに大分暗く。
だが真夜中になる頃には、月もようやく顔を出すかと思われる。
満月の、すぐ直前となった月が。
そしてそれを想うと、むしろますます、当然の如く足を速めていく女魔道士。
やはり気が急いて仕方なかったのだ。特に仕事の達成を考えると。
自分の命に替えてでも必ずエリックたちを幸せにするとあの時、確かに一人決めた、その果ての。それは紛れもない、それまで何の大志もなくその日暮らしで生きてきた自分が、生まれて初めて得ることのできた大きな目標、言わば生きる意味。それなくしては、人生に何の色もない。
何より、自分の持つ魔法の力が、ありえないほどに役立つという。
両親からは失望しか授からなかった、ただの失敗作にも近しい自分が。
まるで神に選ばれた者のごとくに――。
(早く、これで……)
かくして決して足を止めることなく、しとしと雨切り裂いて街路走り抜けていくマリー・メイ。その姿はむろんいまだ誰の目にも止まることなく、
(本当の、安息を)
――そして何より身体の影さえ路上に一切映されていなかったのは、彼女が今まさに闇と完全に一体化しているという、その明らかな証拠そのものだと思われたのである。




