第41話 追憶
まるで道行く者たちを恨んでいるのか、それはそんないと冷たく、そして激しい雨だった。一息つく隙も与えないほど、とにかく強く雨粒が地面を叩きつけている。4月にしては珍しいほどの豪雨といえよう。しかも今がまさに本降りとはいえ、朝からずっとしつこいくらいに続く。
何よりその降りやまぬ天からの使いは、クラウゼンブルクの街の姿を包みこみ全体的に霞ませてさえいたのだ。従ってまだ時刻は昼下がりだというのに街路からも、市場や広場からも人々は早々と、そして慌てて姿を消していた。それははたして今の時間、市内のどこを見回しても屋外にほとんど人影見当たらぬのを見れば明らかだった。
従って普段は当然のように外側、道の方へ屋台を大きく張り出している青の街各々の商店も、この天候だと大人しく狭苦しい建物内で商いを進めている始末。いや、そもそもあえて出歩く者がほぼいない以上、どこもかしこも閑古鳥の鳴き放題――開店したところで売り上げなどまるで期待できない現状だったのである。
そう、ゆえに街のただ中、東側にある金物屋など道具店ずらり建ち並んで有名な通称オルガノ通りも、現在普段ではとても考えられないほどやたら広々と、かつ閑散としており……。
◇
そんな中、一人濡れそぼちながら静かに道の真ん中を歩く人影があった。
革の胴着にズボン、太いベルト。そして左耳には銀色に輝くイヤリング。
灰色の瞳したそれは、言うまでもなくあのマリー・メイだ。
エリック王子たちを助け、そしてここクラウゼンブルクへ連れて来た魔道士。
そしてついに、ロディたちからミラルカの作成した謎の薬を奪い取った……。
どこを目指しているのか、ただしその足取りはまっすぐでありながら、あまり急いでいるようにも見えない。そばにはあの奇怪な大男も今はおらず、雨の中それはどうにも不可思議な光景ではある。
そう、まるで大した何かがあって歩いているわけではなく、ただ濡れるのを目的としているような。自らの熱くなった身体と精神、いっそ降雨に冷ましてしまおうと。
――すなわち今は一番、まさしく落ち着いてことに当たらなければならない時だったのだから。
最後にして最大の目標、必ず達成すべく。
全てはエリックとメルフィたちのために。持てる力の全てを捧げて。
……だが、こうまでして彼らをクラウゼンブルクの市民にしようと奮闘しているマリーだったが、実際の所彼女はこの街の生まれではなかった。マリーの両親は確かに歴とした黒の街の市民だったが、しかしある日何らかの大きな科を犯し、バロンの元から逃げ出すこととなったのだ。
母親はお腹の中に娘を身ごもったまま。二人ともほとんど着の身着のままの状態で。
むろん、マリーに生まれた時の記憶は一切ない。どこで出生したのかも。ただ気がつけば、旅する両親とともに大陸各地をずっと経巡る身だった。すなわち都市や村、城などを回って、自らの魔法の技を見せ、旅の資金とするような。
確かに外の世界では、父と母のような召喚士はまずいるはずのない貴重極まる存在だったのだから。その用途は様々、時として見世物にしたり、また時として戦の助力をしたり。そこまでの実力者でなかったこともあり万金が稼げるわけではなかったが、それなりに余裕の持てる収入は期待できる身であった。なにより、二人にはマリーを守るという強い責任感があり。そうして娘も順調に成長すれば、自分たちと同じように召喚の技で生きていけると彼らは思っていたのだが。
(結局、黒の魔法はものにできなかったか)
案に相違して、マリーの実力は緑の魔法、錬金術どまりでしかなかった。それは持って生まれた力かあるいは何者かの呪いか、彼女には両親の才能はまったく受け継がれなかったのである。特にそれを知った時、父が知らず哀しげに嘆息洩らしていたのは必然というべきか。しかもその頃には両親ともにかなりの病気がちで、娘の将来思うところ大いにあったので……。
だが結局マリーが8歳のころ、親たちは時を合わせるように続けて呆気なく死んでしまった。最後の最後まで、何も召喚できぬマリーの身を案じた人生だった。かくして気づけばマリー・メイは本当の一人ぼっちになっていた。
そしてそれから訪れたのが、今までが幸福の絶頂だったような、真の苦労を味わう時代。一人の少女がとにかく無我夢中で、よく知らぬ世界の中懸命に生きていくという。常に危険や飢え、病気と隣り合わせだった。
たとえ道端で無様に倒れてしまっても、誰も助けてくれない。
周りにいる者全てが、とにかく敵にしか見えないような――。
◇
(おっと。さて、そろそろ戻るとするか)
……そうして雨とともに訪れた遠い記憶への物思いに耽りながら、ひっそりとした街路歩くこと十数分、いよいよその身も完全なる濡れネズミとなり、さすがの彼女もようやく仮の棲み処へ戻る頃合かと思い始めた、
だがその時。
「!」
――ふいに、何かに気づいたようにその足は突然止められていたのだった。




