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第36話 逃げおおせる

 「行け、ブラックドラゴン!」


 アルフィノが号令発すると、翼持つ黒竜は一気に相手屠らんと空中から猛突撃していった。身体中を瘴気で厚く包まれた、それはげに恐るべきモンスターだ。しかも大きな口の中には、ずらり鋭利な牙がこれでもかと並んでいる。間違いなく、相手の骨さえも軽々砕き、餌としてしまわんがために。


 「光の名のもとに、禍々しき幻獣を退けよ!」


 一方隻眼の剣士ロザリアは、対照的に青光剣掲げ静かにそれを待ち受ける。自信漲るということか、そこに恐怖の兆候など微塵もない。むしろ剣構えるその姿はどこまでも勇ましく、まるで神話に謳われる戦乙女のようで――。


 「グルルルルウ!」

 「くらえ、聖光波!」


 かくて首を伸ばし相手へ喰らいつこうとする竜と、光の剣でそれを防ぎつつ、敵の隙鋭く狙っている魔法剣士。両者の攻防は全く甲乙つけがたく、まさに激戦必至。

 畢竟、見守っている者たちにとってもどちらが優勢なのかまるで分かりようがなく。



 (おい、ユリシルト)


 ――と、そうしてユリシルトが眼前で繰り広げられている戦いにじっと固唾飲んでいると、そこに密やかにかかってきた声があった。慌てながらも、どこか軽さのある声音――それはむろんロディのものだ。


 「!」


 驚いて騎士が振り返ると、魔道士は口に人差し指を当てながら一つうなずく。それは間違いなく、これから何か大切なことを伝えようとする素振りで……。


 (逃げるぞ、今すぐにここから)


 かくして彼はその瞳に一層強い輝きこめ、二人の助手ともどもユリシルトをそう促したのである。


                  ◇


 ――それからしばしの後のこと。


 「よし、うまくいったぞ!」


 受付机やソファの並んだカスターヴァ劇場の玄関ホールに、ロディの勝利感に満ちた声が響いていた。

 むろんいまだメインホールでは轟音鳴らし二人の魔道士が激しく戦っている最中である。当然ロディたちが逃げ出したことにもまるで気づいているはずがない。つまりは、今ここは完全な安全圏そのもの……。

 しかも最大の目的であるファルは無事救出すること適い、件の謎の薬まで守ることができた。こうなると緑の魔道士が会心の笑み浮かべたのも、まさにむべなるかな、というやつであろう。

 従って後はもう、急ぎ家路を辿るだけなのだから――。


 「でも、黒も白も、それを欲しがっているってことなんでしょ? 一体何なのかしら」

 「さあな、今日あたり、ファジオの所に行ってみるか。何より、君の追っている王子様たちに関係するかもしれないんだから」

 「……そう、ね」


 むろん、いまだ全体的に分からないことが多過ぎたとはいえ。


 いずれにせよもうこんな所に用などあるはずはなく、彼らが劇場出入口たる扉、急ぎ目指したのは至極当然のことだったのだが……。


 「!」


 ――しかし、最後の最後に、あろうことかロディたちはそこに二つの人影がぬっと現れたのを、驚愕とともに認めたのだった。

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