第35話 聖剣士
かくて形勢は再び自らに大いに有利な展開となり、アルフィノは余裕さえ取り戻した顔で再びロディたちのこと見下ろしていた。
もちろん白魔道士の歌い手の力は封じたし、肝心の緑の魔道士一味も今や動けぬ状態へと追いこんだ。もはやこうなれば、後は待望の薬、奪い取るだけだ。
「グロズニーはまだ駄目か」
ただし部下の大男がいまだ戦意喪失状態なのは、かなり大きな計算外だったが。今にも倒れこむかと思われたほど、舞台の床にその大きな身体ぐっと傾けて。かくして気づけばあと彼女に残されたまともな戦力は、ベネディクトなる名前の狙撃手一人のみになってしまった。
若干予想外の出来事とはいえよう。
……とはいえいずれにせよ、もう獲物がすぐ目の前にあるのも厳然たる事実だった。
自らの仕える黒の長バロンが涎を垂らしてまで追い求めていた、本来ならば伝説の彼方にあるはずの、禁忌に塗れた魔薬は。作り方等、全てが今もってまったき謎に包みこまれた。
すなわちそんな大宝を手にすれば、必然的に自分の地位も凄まじく飛び上がるはずで……。
「ふふ、バロン様のお褒めに預かるのが、楽しみだわ」
黒魔道士の声音にも、畢竟嬉々とした響きが溢れてくる。それくらい、あの薬が持つ力は絶大だったのだ。
『悪魔の血』。そう、そんな仰々しい名が付けられているように。
「ロディ、早くそれを渡せ!」
そうしてアルフィノは、いまだ大音響の歌声轟く中、ぐっとロディへ襲いかかる体勢示した。間違いなく、それはいよいよこの青年との決着付けようとする素振りだった。
憎らしき緑の街のよろず屋、通称<万能の錬金術師>との一戦を。
その証拠に、かくて彼女は再び服の中から、鋭い眼差しとともに色違いの宝石一つ、さっと取り出して――。
「そこまでだ!」
……その瞬間空間切り裂く鋭い声が突如として耳を打たなければ、確実に次いでロディとの激戦は繰り広げられていたはずなのだった。
◇
「何者だ!」
突然の闖入者を認め、驚いたアルフィノが荒々しくも誰何の声発した、だが次の瞬間。
「グオオオオ!」
突如として地をどよもす絶叫が轟き渡って、その直後、精霊パンの身体が眩しい光に包まれていた。
「何?!」
しかもそれは時にしてほんの数秒、瞬く間のことだったというのにあまりに強烈で、
「嘘、精霊が?!」
「魔法、剣……」
何よりロディたちまでもが隠しようもなく驚愕したように、そうして数瞬も経たないうちに、
「グハア!」
まるで霞のように、たちまちにしてパンの身体は完全に劇場から消滅していたのである。
「貴様はロザリア!」
はたして途端、アルフィノの顔が憎しみに満ちたものとなる。そう、彼女はそこ、それまでパンが鎮座していた場所に、今や宿命の好敵手の姿をしかと認めたのだ。
茶色の長い髪に、右目に付けられた眼帯、そして鎖帷子など勇ましい騎士の格好した、凄腕の白魔道士を。しかも彼女は引き抜いた剣、魔法によるものか眩く青く光輝かせていて。
「おのれ、私のパンを!」
――すなわち紛れもなく精霊を一刀の元に斬り伏せたのは、その新しく登場した女剣士ロザリア以外、ありえなかったのだから。
「フォーク、メルハの様子はどうだ!」
かくして精霊をあっさり幻想界へ退散させた後、すかさず背後、赤扉の方へ声を放った剣士。その声音はまさに鋼の如き強さだった。
「ハッ、ダメージはかなりあるようです。しばし治療が必要かと」
するとすかさず答え返してきたのは、いつの間にか歌い手の少女の隣にしゃがみこんでいた男。上衣とズボンに丸帽といういでたちで、灰色の短髪した若者だ。むろんその言の通り、じっくりと少女――メルハの様子確かめている。
「ならばお前たちは一旦退け、ここは私一人で十分だ!」
「よろしいのですか?」
「構わん、黒の魔道士ごとき!」
しかしロザリアは何とせっかくそこにいる仲間に対し、さっさと退散しろと命じてきた。さすがの若者も、一瞬聞き返したくらい予想外な言葉だった。
何しろ、相手はバロンの片腕とも目されている、あのアルフィノなのだ。油断などもってのほか、むろん上司たるロザリアがそんなへまをするとはとても思えなかったが。
「アルフィノ一人、私で何とかなる。そして見たところ巨人はしばらく戦えない。後はベネディクトだが、我が剣なら奴の銃撃などまるで恐れるに足らん。……だから分かるな、フォーク、今はお前はメルハの治療に専念してくれ。その娘は間違いなくこれからも活躍することとなる、大切な戦力なのだ」
――そして想像通り、その直後説かれたのは、実に理路整然とした理由だったのである。
「……承知しました。では、ご武運を」
途端フォークに、唯々と大きくうなずかせていたほどに。
そして次の瞬間彼はメルハの細い身体抱きかかえると、すっと影のように扉の外へ出て行き……。
かくていつしか幽霊劇場の大ホールを舞台にして、黒と白、二人の女魔道士たちは激しく散る火花のもと、ついに勝敗つけんと熱く睨み合っていたのだった。




