第34話 パニック
「貴様!」
かくて床へ見事着地し、勢いロディに抱き着いたファル睨みつけながら、アルフィノが憎悪の声上げた。彼女にも歌への耐性があったのだろう、相変わらず闘志満々の様相だ。
「はは、その大男、意外と感性細やかなんだな。聖歌に心から蕩けちまうなんて」
一方そのファルかばうようにしながら、緑の魔道士が意地悪げに応酬する。間違いなく形勢が逆転したと、その瞳は強い輝き放っていた。
「ふん、それで勝ったつもりか? 勝負はまだついていないぞ!」
「だが、お前の部下はもう使い物にならないぜ?」
「お前の仲間たちもだ!」
むろんそれでもアルフィノは怯まない。確かにロディの背後では、いまだ女騎士とダークエルフが柄にもなくあまりに腑抜けた表情現わしていたのであるから。そう、もう戦いは金輪際御免蒙ると。
「……確かに、これは困ったな」
青年の声音にも、若干困惑の響きがこもるというもの。
しかしてなかなか決定打のないまま、二人の魔道士はしばし舞台の上と下、双方から互いに睨み合っていたものの……。
「いずれにせよこれでは何もできない。こんな歌、かき消してやる!」
その刹那ふいに、アルフィノが怒気含め叫びをあげた。
「我が精霊の力で!」
そうして次の瞬間彼女は懐から透明な宝石取り出すと、聞き取れても恐らく意味不明の文言ブツブツ呟き出し、
「パンよ、お前の歌を聞かせてやれ!」
そして突如としてそんな一言が、声を大にして放たれていたのである。
◇
そうして次の瞬間、ロディたちの背後、座席列の真ん中あたりに忽然と出現していたのは、
「う、これは……」
何とも異様な姿した、一体の精霊だった。
そう、それは頭から堂々たる角を生やし、ほとんど半裸の状態で、かつ顔を赤らめた老人――牧野の精霊パン。すなわち歌と踊り、そして酒を何よりも楽しみ尽くすという……。
「さあ、パンよ。今日は宴だ、お前の歌を皆に披露するがよい!」
そして一同がただ呆然とする中続いたのは、アルフィノが放った鋭い命令の声。何よりその声音には今まで以上の力がありありと含まれており。
『おお、ならば聞かせよう、我が最高の調べ!』
――次の刹那、件の精霊はいかにも自信たっぷりと、そんな召喚者の命に応じていたのだった。
◇
「きゃあああ!」
たちまち辺りに轟いた、それは途轍もないとしか表現しようのない大音量。すなわちパンが嬉々とその口開くや、次には朗々たる、ただし異様に馬鹿でかい歌声が発されていて。
「うおっ、どんだけ大声なんだよ!」
「わ、わ、わ……」
「いいそ、これで聖歌も封じられる!」
途端場はその歌詞も分からぬ歌一色となり、少女のそれまで奏でていた聖歌も完全に覆い隠されていた。しかも少女はその余りの常識はずれな音量に、もはや唄う力さえ一気に失くしてしまったらしく、
「だ、駄目……」
最後にそんな力ない一言洩らすと、耳を塞ぎその場にがっくりしゃがみこんでしまう。むろんそれは間違いなく、同時に白の魔道士の作戦が完全に破られた瞬間。
「ふふ、やったぞ!」
かくて後にはただ、してやったり感に満ちた精霊守の笑みが残されていたのみなのだから。
しかも執拗なことに、女魔道士はそこでただの満足など決してしない。
次にはアルフィノは、なぜか上、天井の方へ向かって大声張り上げていたのだ。
「さあベネディクト、次はいよいよお前の出番だ! ロディたちの足を封じろ!」
すると「了解!」なる甲高い声とともにたちまちにして、その上方のどこかから、パアンとやけに耳を引く音が響いて――。
「わあ!」
「! ちっ、やっぱり狙撃手がいたか!」
……直後、ちょうどロディとファルのすぐ目の前の木の床は、弾丸によって鋭く穴穿たれていたのである。




