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第32話 交換

 途端、紫の幕がすみやかに、そしてほとんど音もなくスルスルと天井の方へ揚げられていった。まさしく待望の舞台の幕が開いたかのごとくに。そして当然本来ならばその向こうには、腕利きの楽士や歌い手たちがズラリ勢揃いしているはずだったのだが……。


 「ファル!」

 「よかった、無事で……」


 しかし緞帳がなくなった後そこにいたのは、一人のむくつけき大男と、加えてそいつに肩をがっしと掴まれた、背丈にしてその半分くらいしかない頼りなくも小さな人影だけなのだった。


 「み、みんな……」


 むろん対するファルの方は、いまだ感動の再会どころの話ではない。そう、隣にいるのは、つい昨日思わぬところで遭遇したあの髭面の巨人だったのだから。しかも決して人質逃さぬと、まさしく監視役の体で。

 当然ながら彼は怯えた顔のまま、急ぎロディたちの元へ駆け寄ることもままならず。


 「ごめん――」


 そんないかにも申し訳なさそうな呟き、小さく洩らすばかり。


 「ほら、あんたたちの大切なお友達だよ。だから返してほしくば、早くそいつを渡しな」


 一方そうした背後の様子ちらと窺ったアルフィノは、次にはそんな強気な一言、特にロディに向かって発していた。自分がかなり優位な立場にいると認識しているのだろう、実に傲然とした表情だ。女君主のごとく腰のあたりにその左手が掛けられていたのも、至極当然というもの。

 もちろん相手が相手だけに、そこには多少の警戒感がいまだあったとはいえ。


 「ファルから先に、ってわけにはいかないか」

 「当たり前だよ、絶対にそっちが先だ」

 「なるほど」


 そうして確かに黒と緑、両魔道士の間に一瞬だけ、ピリピリとした緊張感めいたものが走ったように思われたものの。


 「……分かったよ、これはあんたらに渡す」


 ……だが次の瞬間、ロディは意外やあっさりと、薬手にしたまま前方へ足踏み出していたのだった。



 かくてロディの前に広がる、件の舞台。両サイドに階段の設けられたその華やかな場は、一ユーほど高くなった木製のステージ。当然ながら青年は、座席側からそちらの方見上げる形となっており――。


 「さあ、受け取れよ」


 魔道士は上へと、その小さな壜ゆっくり差し出した。


 「……妙な小細工はしていないだろうね?」


 むろんアルフィノはアルフィノで、一瞬だけ訝しむような素振り見せる。


 「まさかバロンの覚えめでたき魔道士を、ここに来てわざわざ騙すとでも? だがはっきりいって俺たちには、こんな妙な薬よりファルの方がよほど大事なんだ、そんなはずはない。だからさっさと持っていけよ」

 「それは仲間思いのことで」

 「数少ない大切な助手なんでね」


 対して相変わらず軽い調子ながら、しかしその瞳には間違いなく真摯な光宿っている魔道士。それは彼がほとんど現わしたことのない様相であり、もちろんファルを慮ってのものゆえに相違なかった。

 すなわち、何があっても必ずハーフリングの少年は助け出す、と。

 苦労して手に入れたミラルカの薬を、たとえ本当に手放すことになったとしても。

 ――それくらい、彼は大事な仲間なのだから。


 「まだ今月の給料も払っていないし」

 「そんなことはどうでもいい」

 「さあ、なら話は決まりだ。だから早く――」


 そうして曲がりなりにも一応人質と薬の交換交渉は両者の間で締結したらしく、次の刹那ロディはその腕を、ステージの方へさらに差し上げようとし……。

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