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第31話 廃劇場にて

 高窓から射しこむ淡い光の箭の中、赤茶色の壁に囲まれた、ズラリと並んだ200台ほどの座席。

 玄関ホール中央にあった赤い扉を開けると、眼前に広がったのはどこまでも静かで、そして人気のない空気に包まれた空間――劇場のメインホールだった。むろん廃墟となった後は、ほとんど誰も入ることがなかったのだろう、そこには荒らされた気配すら微塵もない。往時そのままの姿を、埃っぽくも寂寥とした雰囲気の中たださらしているだけだ。

 すなわちその様はまるでクラウゼンブルクでこの場所だけが、久しく時間止められていたかのようで。


 「……やはり、ここだったか」


 ――なるほどはたして椅子の列の先、1ユーほど高くなった舞台の上に立つその女の存在がなければ、そんな劇場に今本当に時が流れていることを証明するのは実に難しい、場に漂うのはそれくらいの静けさだったのである。



 「ふん、約束通り来たか。よろず屋ロディ・ランフォード」

 「俺は信用第一なんでね。その約束ってやつを破ったことが一度もない」

 「……下らん嘘を」


 そうして緩やかな薄桃色の長衣纏い、その上、肩から白い布斜めに掛けた女――アルフィノがさもつまらなそうに言った。言葉通り、その言の内に何一つ真理を認めていない冷ややかな口ぶりだった。


 「おや、気に入らなかったかい?」

 「――そんなことより、例のものは持ってきたんだろうな」


 そしてもうそんな軽口は結構と、早くも分厚く下ろされた紫の緞帳の前から、客席側、5ユーほど離れた位置にいる来訪者たちの方へ身を乗り出すようにする。たったそれだけで、長い黒髪が妖しく揺れる妙になまめかしい動作で。


 「だから俺が約束違えるなんてまずありえないって言っただろう? ――もちろんあるぜ」


 むろん対する緑の魔道士が、その言に違わず次にはさっと懐から焦眉の小壜取り出していたのは言うまでもなかった。そう、大切な助手がさらわれてしまった以上、その軽さとは裏腹に今が途轍もなく大事な時間なのは確実だったのだ。

 一つのほんのちょっとした間違いが、それこそとんでもない災厄を呼びこんでしまうような。

 ――そうしたひりつく状況鑑みてか、はたして<精霊守>の異名持つ女はすかさずその一見何の変哲もない壜を見やり、ゴクリと一つ唾を飲みこむや、湧き上がる興奮抑えんと声震わせ宣っていたのである。


 「おお、間違いない、それはまさしく本物の――」


 そんな言葉とともに、瞳の黒色途端烈しくぎらつかせて。


                  ◇


 「おい、待てよ。それよりまず、ファルはどこだ?」


 だが、瞬間ロディのまさに水を差す一言が相手を制止した。今にも舞台から降りるかと思われた相手の勢い削ぐには、それは十分すぎるタイミングだった。


 「……ふん、こっちだって言われるまでもない。ハーフリングはすぐ後ろ、緞帳の裏にいるよ」


 たちまち、アルフィノははっとしたように様相元に戻したのだから。


 「もちろんここは交換といこうじゃないか、正々堂々」

 「なら、早く顔を――」

 「そうよ、あなただってちゃんと誠意を見せなさいよ!」


 だが、そこで突然割って入ってきた娘の存在は、女魔道士をして一瞬怪訝な顔現わさせる。言うまでもなく、それがまるで見知らぬ者だったからだ。それも、腰になかなか見事な剣を帯びた。

 当然のごとく、その切れ長の瞳がつとユリシルトを射抜くように睨みつけていた。


 「何、あんた? 見たことないけど、ロディの女か何か?」

 「ち、違うわよ、彼とは単なる仕事上のパートナー! とにかく、私もファルを助けに来たの!」

 「ふうん。まあ、その男には変な知り合いが多いから、あんたもどうせそのひと――」

 「とにかく」


 かくて二人の女の鍔迫り合いが突如始まろうとしたのだが、しかしそこで話題を元へ戻したのは、やはりロディである。そう、その黒く澄んだ瞳、きらりと廃墟の中瞬かせて。


 「今はそんなことはどうでもいい。まずはファルだ。君だって、何よりこいつが欲しいんだろう?」

 「――ひとつ言っておくけど、主導権は私たちの方にあるの。あなたが優位だとは思わないで」

 「そりゃごもっとも」

 「……じゃあ、こちらもお嬢さんの言う誠意とやら、見せてあげるわ」


 むろんアルフィノはアルフィノで、自分のペース守ろうと決して場の流れ譲ろうとしなかったのだが。特に相手の力量充分知るだけに。

 それゆえ彼女は一旦落ち着くように、そして余裕見せるように少しの間を置くと、


 「さあグロズニー、ここを開けて! 坊やに会いに来た方々がいるの」


……やがてようやくにして緞帳の裏の方へと、冷ややかな声で命下していたのだった。

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