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第27話 食事

 そこはクラウゼンブルクにある、どこかの裏通り。

 やたら寂しく静かな界隈だ。

 密やかな夜、街明かりはほとんど見られず、むろん人通りもしばらく前から絶えている。そう、今宵は月も雲に隠されており、まるでそこだけが世界から切り離されたように暗く寂寥としていて。


 「ウ、ウウ……」


 ……それゆえその時一人の男が苦悶の表情ありありと現わしたまま地面にどさりと突っ伏しても、今は辺りに誰一人それへ気づく者などいはしなかったのだった。

 赤いメダルを首から下げた、まだ20代だと思われるローブ姿の若者。間違いなく魔道士の一人であろう。どうやら飲み屋からの帰り道だったらしく、顔色は死を示す白へ急激に変化していきつつ、いまだほんのり赤味が射している感がある。だが、いずれにしても彼がその酒の味を思い出すことなど、もう二度とありはしまい。魂自体が、今やその身体から完全に抜け出て行こうとしていたのだ。

 まさしく冥府への道は、そのすぐ間近で大きく開け広げられており。


 ――そんな死にゆく若者を物言わず冷たく見つめる、一つの人影があった。

 暗がりの中の、かなり巨大な影。恐らくその背丈180シュー(センチ)は下るまい。それは茶色ローブで全身を包んだ死神とでもいうべきか、深く被った頭巾の中、赤い眼光だけがどこまでも禍々しく輝き放っている。加えて何よりもその全身から放たれる、余りにも強烈極まる魔性の気配……。

 その様相からして、まさしく若者を死へ導いたのはこの者以外、絶対にありえないはずだった。特に、まるで相手の死を確実に見定めんと、声一つ上げずじっとその場で立ち尽くしていた上は。むろんはたしてこれから一体何をしようとしているのかは、その姿からは皆目分からなかったといえ。


 ……そうしてそこに彫像のように佇むこと、時にしておよそ5分。


 「……!」


 ふいに人影の身体が何かに反応した。それは背後、路地の奥の方からだった。


 「それが今日の獲物ってわけ」


 はたして突如としてそちらより、女の声が聞こえてきたのである。明らかにまだ若いと思われる娘の声音が。


 「お前か」


 そうぼそりと言いつつ、僅かの間も置かずして人影が後ろ振り返ったのは、むろん言うまでもない。


 「さすがね。本当に音もなく殺すんだから。でも……」


 そう、そこには彼にとって今や重要なパートナー以外の何物でもない、魔道士マリー・メイが立っていたのだから。昔砂漠の廃墟で一人朽ちていくばかりだったこの自分を、あろうことか全力で何とか助けてくれた、命の恩人が。

 そんな彼女が、しかしどことなく常にはない暗い表情しているのだ。人影としても気遣うような言葉放たざるを得なかったのは、それゆえしごく当然のこと。


 「どうした、そんな顔をして? 柄にもない」

 「フフ、私だってたまにはそういう時もあるわよ。……ただ、確かに気がかりなことは幾つかあるわ、例のあれについてだけど」

 「『悪魔の血』か……」


 だがそうして人影がポツリ知らずそう呟くと、途端マリーは慌てたような面立ちとなった。


 「ちょっと、その名前は決して言わないで。特にこの街では、最大の禁忌そのものなんだから」


 そして一層濃い憂いを帯びた瞳で、改めて相手のこと見つめる。


 「でもまあ、話はもちろんそれについてよ。――あの薬について、ついに魔道士たちが勘付きだしたわ。中でも緑の魔道士のロディ・ランフォードって奴が一番怪しい。しかもその周りでは、黒や白の魔道士たちも目立って動き始めている。……これはいよいよ急がないといけなくなってきた」

 「ほう、争奪戦でも開始されるというのか」

 「そんなところよ。あれを欲しがる奴なんて、特に魔道士なら五万と、いやそれ以上絶対にいるはずだから」


 かくて出てきたのは、いかにもうんざりとした感、そしてそこに焦慮も少なからず入った言葉だった。要するに、彼女の狙っているのはそれくらい、重要にして貴重極まる品なのだろう。それもエリック王子と恋人メルフィに大きく関する。すなわち、それこそが間違いなく彼女たちの受け持った仕事であり……。


 「だから、これからは当然もの凄く忙しくなる。あんたも、『食事』はそれくらいにして、後はしばらく大人しくしていな。魔道士たちがやって来ると面倒だ」

 「……なるほど」


 ゆえにマリーの言には、一見ひょうひょうとした中に隠しようのない真剣さと力強さがはっきり含まれていたのだった。


 「戦いは間違いなくもう始まっているの」

 「ならば言う通りにするとしよう。……まあ、いずれにしてもここに来て幾人もの魔道士、喰らったからな。俺ももう餌は十分だ」


 対して人影にそんな答え返させて、


 「そう、じゃあ今は力も相当漲っているわけね」

 「誰にも負けないくらいに、な」


 そして最後に、彼は忠実な僕のごとく大きく頷いてもいたのだから。


 ――相も変わらぬ、ひっそりと暗い夜影に包まれた、誰もいない細路の中。

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