第26話 白と黒
突然指名された大ガエルの反応は、しかし大して動揺した風もないものだった。
「グフ、一体何のことやら……」
たちまちそんなあっけらかんとした一言、返してきたのだから。
「ほう、しかし最近は色々と陰でこそこそ動いているようですが」
「儂が、か? まったく、言っていることの意味が分からんわい」
「――ある男の家を、あなたの配下の者たちが襲撃した、としても?」
だが鉄仮面の方は鉄仮面の方で、一向に怯む気配見せない。むしろ年齢では遥かに下に当たる彼女は、それでも声をさらに大にして迫っていったのである。
「とにかく、あなたもあれを必死になって探しているのでしょう? 自らのコレクションにでもしようと」
一瞬偉大なる大魔道士を、静かにさせたほどに。
「……」
「ですがあれはこの街に決してあってはならないもの。むろん神秘公もそう考えておられる。それゆえ、見つけ次第必ず破棄しなければ――」
「破棄、だと?」
と、その鋭い追及がやっと効いたか、はたしてそこで黒の長は初めてカっと目を見開いた。現れたのは、まさしく泣く子も黙る恐るべき黄色の眼光だ。そして彼は特製の巨大極まる椅子からぐっと醜い身を前へ傾けると、白の魔道士率いる生意気な相手へ舌鋒鋭く言い放っていたのである。
「まさかあれを貴公はなきものにするつもりなのか? 人類の英知が辿り着いた、間違いなく最高傑作、究極の魔道の一つを」
「それゆえにです。そんなもの、手にしたところで碌なことにはならない」
「ふん、えらく大上段からの物言いだな」
むろん対して鉄仮面は相変わらず恐怖の色一つ見せず、負けじと応酬、そうして二人のやり合いは他の長たちが茫然と見守る中ますますヒートアップしていく。特にその間に挟まれたワグナー市長が表した青い顔は、まさに同情するに値するほどのものであった。
「しかもここにおられないあの方の名出しおって。だがひょっとしたら猊下も儂と同じ考えなのかもしれんではないか!」
そしてふいにバロンが激高したように声を荒らげる。かようにどうやら彼の堪忍袋の緒も、そろそろ切れ始めているようであり。
「勝手に名前を使われて、神秘公こそ迷惑だ!」
ついには礼儀知らずにも指を相手に向け、そんな叫ぶが如き声轟かせていたのだった。
「ほう、神秘公があなたと」
「当然だ。猊下も魔道を極めようとする者の一人である以上」
「その魔道が、しかしクラウゼンブルクを破滅に追いこむとしても? 神秘公猊下が心をこめ、一から創り上げた」
「……だとしても、だ!」
むろん、対する鉄仮面はあえて相手のこと挑発していたのだろう、言葉次々繰り出しつつも、バロンの様子冷静に観察するがごとき雰囲気にまるで変化はない。そう、むしろそうやって相手を自分のペースに乗せる風すらあり、だとすればこれはなかなか肝の据わった人物であると言えた。
「もう良いわ!」
すなわち、目論見通りバロン・ズ・ドルトレウスが次の瞬間そう怒号まき散らし、右手指にある宝石の一つ途端眩しく輝かせた以上は。
「やはり貴公とはまともな話などできぬ!」
そうして黒の長は何事かぶつぶつ口中で素早く呟くや――。
「あ!」
「バ、バロン殿?!」
市長や長たちの驚きの声まるでものともせず、次の瞬間その巨体はあっという間にこの部屋から煙のごとくかき消えてしまったのだった……。
むろん後に残されたのは、市長のワグナーと三人の長、そして鉄仮面。特に市長は一体何が起きたのかと目を白黒させてばかりいる。何といっても彼はこの会議の進行役なのだ。
「か、帰ってしまった……」
必然的に、そんな呆然とした言葉も溢れてくるというもの。そして彼にとっては不幸なことにそんな市長慰めてくれるほど他のメンバーも平常心ではおられず、青赤緑の長たちに至ってはどうしたことかとしばし目を丸くするのがせいぜいだったのである。
元より、最初に挙げた議題ももはや完全に忘れ去られており。
「……」
――そんな中、やはりただ一人平静な風で椅子に腰かけていたのは、件の鉄仮面のみ。バロンが消えた辺りを見つめるその姿にも何ら慌てたり激怒した感はなく、逆に静かなあまり、彼女が今一体何を考えているのかそこにいる誰にもまるで分かりようはなかっただろう。
そう、その姿があまりに謎めき過ぎて、同時にそれがここクラウゼンブルクへいずれ襲いかかろうとする事態の怪しさ、実に強く印象付けさせていたのであるから。




