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第24話 鑑定屋ファジオ

 その男は突然凄い形相で店へ飛びこんできた二人組見つめると、いかにも怪訝そうに眉をひそめた。真っ白な髪をした、50は超えていそうな人物だ。峻厳な顔つきで、眼鏡をかけ、鷲鼻と見事なカイゼル髭。そのいでたちは高級そうな灰色のローブというもの。

 背もたれと肘掛付きの椅子に緩やかに腰掛けていた男は、シックな色合いで纏められた店の中、そうして夕暮れ時に訪れた無粋な客へカウンター越しに、いかにも面倒そうな風で問いかけたのだった。


 「何だね、そんなに慌てて。ちなみに店はもうすぐ閉めるんだが」

 「ファジオ! 俺だよ、ロディだ。ちょっと急用でね、もう閉店間際なのは承知しているが、少しだけいいかい?」

 「……何だ、ロディか。しかもそんな見知らぬお嬢さん連れて。それは仕事の話ということか?」

 「もちろん! こいつを急ぎ鑑定してほしいんだ!」


 そして客人――ロディはずいと手にしていた小さな壜をカウンターの上へ差し出す。中に透明な液体の入った、それは薬壜だろうか。いずれにせよ一見何の変哲もないその壜を一瞥すると、ファジオは再び旧知の魔道士の方へ顔振り向けた。


 「これか? フム、まあ構わんが」

 「よかった、あんたなら確実に鑑定してくれるからな!」

 「ただ、さすがに今すぐという訳にはいかんぞ。そうだな、複写をとってから、二、三日は要するか」

 「複写? 直接見るんじゃなくて?」


 と、そこで見知らぬ娘――ユリシルトが初めて、そして突然素っ頓狂な声を出すと、鑑定屋は改めて眼鏡の中の瞳をそちらに向ける。


 「おや、儂らの方法を知らんのかね? つまりは直接そのものを手にしなくても、それの簡易型複製を見ることによって、鑑定する――今じゃ当たり前の技だが」

 「はは、貴重なものを失くさないための手段だ。まあこの娘はあまりそういうことに関心がなくてね。毎日剣の訓練ばっかりしているんだ。……とにかく、鑑定は任せたよ。夜、また来るから」


 一方ロディはやはりよほどの緊急案件だったのか、そこにいまだとても落ち着く気配など窺うことできなかった。それは今すぐにでも店から飛び出して行こうとするそわそわした素振り見ればあまりに明らか過ぎたほどである。すなわち次には彼は、いかにも忙しなく狭い店内へ大きな声響かせていたのだから。


 「とにかく今日は帰ってからこれからの緊急作戦会議だ。ファルも腕をふるってとっておきの夕食作ってくれるからな!」


 そうして言うが早いか、彼は先頭きって勢いよく外へ出て行こうとし――。


 「あ、待って、もう行くの?」

 「君だってさっきの戦いで相当くたびれたはずだぜ。今俺たちに必要なのは、一段落すること以外にない!」


 はや数秒の後には、かくて二人の若き突然の訪問者は、その姿あっという間に店内から消し去ってしまっていたのだった。

 

 「――全く、最近の若い者は礼儀を知らん。そして忙しなさ過ぎる」


 そんな白髪の男のいかにも苦々しげな声、ポツリと後へ置き去りにして。


                  ◇


 一方それとちょうど同じ頃――。

 ファルは財布片手に、青の街にあるモンタギュー市場をしばし経巡り歩いていた。何といってもここはクラウゼンブルク最大の規模誇る一大商品取引所だ。肉から野菜、果物に至るまで食材はまさによりどりみどり、むしろ選ぶこと自体が無性に迷って、かつ楽しい。


 「さあて、どうしようか……」


 そう、はたして知らずそんな一言、漲るやる気とともに零れさせていたほどに。

 特に今日は色々あった一日であり、中でも女騎士ユリシルトの活躍は驚くくらい目覚ましかった。あのミラルカの家に現れた巨人を、ロディの魔法のかかった剣で一発のうちに倒してしまったのだ。すなわち、その即席魔法剣からは凄まじき衝撃波が放たれ相手を直撃、たちまち吹っ飛ばされた巨人は気絶してしまい……。


 (ユリシルトさん、何が好きかな?)


 それゆえ今夜は完全に、その騎士の為にご馳走振舞いたくなるというもの。元よりロディもナッシュもあまりグルメではないため、久々にこの腕を披露できる機会訪れたこともあり。


 「そこの坊や、一角ウサギの肉はどう?」


 ――ゆえにそんなファルが頭の中で今晩のメニュー熱入れて組み立てていた時ふいに聞こえてきたその女の声は、彼をして注意引くに十分すぎたほどなのだった。



 「え、一角ウサギ?」

 「ちょうど今日、いいのが取れたんだよ。大きい上にまだ若い。まさに買い時だね」

 「へえ、そうなんだ」


 かくて市場の一角で天使のような少年が立ち止まると、店台の前に座る女は勢い愛想よく喋り出した。

 緑の黒髪に黒目、紅い唇。見すぼらしい上衣とスカート、白エプロン姿というのが玉にきずだが、それでもまず美女として通る女性だ。


 「それに何と言っても安い。特に坊やにはお手軽に買える値段で提供するよ」


 そうしてやや低めの声音が、少年さらに引き止めようと続く。むろん献立で頭がいっぱいのファルがそれに容易く応じていたのは言うまでもなかった。


 「それは嬉しいな! 一角ウサギは今が旬だし。それで、実物はどこにあるの?」

 「おや、買ってくれるのかい? ありがたいね、ちょっと待って」


 対して女はこちらも愉しげに笑み浮かべ、くるりと後ろ振り返る。そこには確かに種々の獣肉――むろん幾つかの一角ウサギも――が台上へ美味そうに並べられていた。


 「さて、どれだったか……あ、奥の方か!」


 だが、そこで突然女店主が大きな声を出した。どうやら目当ての肉は別の場所、店の奥に置いてあるようだった。そして再びファルの方へ振り返ると、さも申し訳ない顔となる。


 「悪いね、確かにあるんだけど、まだ前に出していなかった。……よかったら坊や、一緒に取りに行かないかい?」

 「え、僕も?」

 「そう、その方が早く商品も見れて、手っ取り早いよ」


 はたして続いたのはそんな突然の提案。それもいかにも人の良さそうな、かつ少年に何とか自慢の肉、見てもらおうと。


 「うん、分かった」


 むろん元から素直なファルがあっさりその言葉受け入れていたのは論を待つまでもない。


 「でも、まだ買うとは決まっていないからね!」


 ――それでも一応、釘を刺すような一言は告げたものの。


 「そりゃよかった、なら善は急げ、早く行こう。多分坊やなら気に入るよ!」


 そうしてそれ聞いた女は俄然元気よく椅子から立ち上がると、


 「ささ、ついておいで。一角ウサギはあの台の向こう側だよ」

 「何だか暗いね、そっちの方」

 「魔法で暗く冷ややかにしているんだよ。良い肉は保存にも充分注意払わなくてはならないから」


 ……いざ、奥の暗がりの方へ、ファル手招きしつつ歩き出したのである。


 「……本当、これは滅多にない極上品なんだから」


 そんな一言、最後の最後にさりげなく付け加えて。

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