第2話 緑の魔道士
そこ、三人組の背後に立っていたのは、彼らと大して変わりなさそうな年頃の青年だった。
やや長めの黒髪に、きりりとした眉、そしてどこか悪戯っぽい大きな黒眼。すっと鼻筋は通り口は少々大き目で、全体的にはくっきりとした目鼻立ちといえようか。
垣間見える肌の色はそれなりに日に焼けていて、そんな程よく筋肉のついた身体を、生成りのリネンの立襟シャツ、濃い緑の胴衣、黒のズボン、加えて今は前の開いたフード付き外套が覆っている。そして何より目を引く、男たち同様首から下げられたメダル。ただしその色は青メダルの彼らとは明らかに違う色で……。
「な、何だよ、てめえ」
「こっちは取り込み中なんだよ」
従ってナンパ屋たちの声音も自然と怯えを含んだものとなっている。
あからさまなまでに、魔道士としての格が違い過ぎるのだ。
そうして新たな登場人物に俄然妙な緊迫感さえ帯び始めた酒場の一画。いつしか周りの客の視線を集めているのもしごく当然のことだった。
「そりゃ失礼。ただ、そこの彼女が少々お困りのようだったんでね」
「困るって、ただ俺たちは一緒に飲もうと……」
「だが待ち人がいるんだろ、その娘?」
むろんだからといってそんな相手がやんわりと制止の言葉放ってきても、青の魔道士たちとしてはすんなり引き下がるわけにはいかない。彼らにも相応のプライドがあるし、そもそもいくら格上とはいえ目の前の青年に注意されるいわれはないのだ、少なくとも彼らの論理では。従って必然的にその声は言い訳がましくなるも、それでも何とか相手説き伏せようとし……。
「だからその相手が来るまで、時間つぶしに少し相手しようと――」
「ふむ、なるほど。なかなか気の利いたやり方だな。ただし女性に迷惑がられなければ、の話だが。それに、だとしたらその役目はもう必要ない」
「え?」
だが、青年はまさに柳に風のごとくその最後の反論余裕で軽く受け流すや、次には笑みまで混じらせ余りに決定的な一言、緑のメダルの輝きとともに怯えた顔する三人へと鋭く放っていたのだった。
「――なぜなら、その待ち人は俺に違いないからな」
◇
「ち、今日はやめだ、帰るぞ!」
「畜生、マジでついてねえ!」
「……まったく、いまだああいう連中が大勢いて困る」
反撃もなくすごすごと店から退散していく三人組を見送った後、かくてカウンター席に座る娘に対して、青年はそう零しようやく邪魔者は消えたとじっくり視線寄越した。相手を値踏み、といったら言い過ぎかもしれないが、しかし元は愛嬌ありそうなのにどこか計算にかけているような冷ややかな目つきだ。
むろん女性――栗色のポニーテール、緑の目、小ぶりだがスッと高い鼻、桃色の形良い唇――がそこに嫌な感じ受けてしまったのはいうまでもなく、隙なく返した彼女の答えがややきついものとなったのは無理もないのだった。
「あら、でもあなたがそれの仲間じゃないという証拠はあって?」
「え、俺が?」
「ええ、助けてくれたのはとてもありがたいけど、ただあなたが本当に私の待ち人か、まだ確証がない上は」
「て、おい」
はたしてその一言は青年をして実に予想外極まるものだったらしい。彼は一瞬目を丸くし、驚いたような声まで発したのだから。
当然続いての言葉には心持ち慌てたがごとき風も含まれていた。
「この状況でそれはないだろ。俺は間違いなく君に、いや正確にはマクセル伯に雇われた者だぜ」
「そう。それじゃ本当に伯爵の仰っていた人なのね。……それにしてはちょっと意地悪な気もするけど」
「意地悪?!」
「ずっと傍から見ていたんでしょ、私たちのやり取り。ゆっくりお酒でも飲みながら」
だがそんな相手、紛れもない待ち人に対してピシャリと発される一言。それはまさに図星とでもいうことか、青年は一瞬虚でも衝かれたように絶句する。こう見ると案外顔に出やすいタイプなのか、娘にそんな印象与えたくらいの、それは実にはっきりとした反応なのだった。
「う、まあ、それはそうだが……」
途端状勢が悪くなった青年の方はかくてしどろもどろに答えるしかない。
「ナンパの光景でも見て楽しんでいたのかしら? ちょっと趣味が悪いかもね」
「いや、だからそんなはずは」
「そんなあなたが、本当に腕利きの魔道士なの?」
しかも相手はさらなる攻めの問いまで加えてきて、それはとどめとばかりにいかにも訝しげに放たれた、鋭く刺すような一声であった。そう、逆に今度は彼女の方から品定めするかのような一撃だったようにも思われ。
「……そうさ、伯爵から何を聞いているかは知らないが」
瞬間、はたしてそれを受けた外套纏った青年は仕方なしと表情を真剣なものへ改め、声音も落として告げていたのである。
「伯爵とはちょっとした知り合いでね。そんな彼から、君の護衛を託された、というわけさ」
「なら、私の任務のことももう知っているの?」
「もちろん。ターゲットを守るには、まずその人に関する情報を得なくては」
「ふうん」
そうしてその答えにどういった類の感想抱いたのか、束の間訪れる沈黙。娘の方は強く厳しめの瞳で、逆に青年の方はやや狼狽えたような瞳で、そこかしこで宴開かれている酒場の中、両者はしばし声もなく見つめ合い――。
「ロディ」
するとその時だった。
青年――ロディという名なのだろう――の背後へ、まるで影のように素早く近づいてきた一つの人物があった。青年はおろか、前を向いていたはずの娘でも察知するのが一瞬遅れたくらい、それは実に隠密感で満ちた密やかな動きだ。
「おっと、ナッシュか」
「何をそんなのんびりしているの。さっきから緑の魔道士が君らを狙っているよ」
一方相手の方はそんな娘の驚きなど意に介さず、声を潜めて忠告してくる。
黒の胴衣に黒のズボン、その細く引き締まった腰には銀色の幅広サッシュがギュッと巻かれている。ブーツまで合わせた、全身黒ずくめの衣装。
だが何より知らず娘の気を引いてしまったのは――。
「ほう、やはりな。あのテーブルの奴らだろう?」
「……気づいていたなら、早く帰ろう」
マッシュショートにした金色の髪の下、長いまつ毛で縁取られた切れ長の青いアーモンドアイ、美しい鼻、そして薔薇色の唇という、まさに人形のように整った容姿なのだった。
「なるほど、緑の奴らか。なら、この娘のこともすぐ分かっただろうな」
「うん。多分さっきの連中と目的は大して変わらないと思うけど」
「仕方ない。纏わりつかれると色々面倒だ。もう行くか」
すなわちその姿態からするに、恐らくは人間以外の種族、というやつなのだろう、それはまさしく人間離れした相貌と雰囲気持った若者。
そんな彼はロディの仕事仲間と思われ、そっと背後へ注意払いながら小さくうなずく。だがその何気ない動作だけでも年頃の女性に黄色い悲鳴上げさせるに充分な艶やかさだ。そう、それを見つめていた栗色の髪の娘が頬を知らず赤らめてしまっていたくらいに。
はたしてかようにそのまま何もなければ、この腰に剣差した異邦人は飽きることなくずっとその美貌、椅子の上から熱をこめ見つめ続けていたとも思われたのだが。
「さて、では紅茶がまだ残っているようだが、自己紹介はじめこの後の話は俺の家ですることとしよう。そっちの方が落ち着いてできるからな。いいかい、お嬢さん?」
かくてどこか唖然としたそんな顧客を捨て置いて始まった二人の短い会話、その僅か数秒の内に情報共有および結論へはスムーズにすぐ至ったらしく――。
振り返った青年は次にはにっと悪ガキのような笑み零し、娘にともに退出するよう穏やかに促してきたのだった。
「――では、これよりクラウゼンブルクの、本当の街中へと」
そうして一人だけ妙に気取った言葉、最後に口へしつつ。




