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第19話 ゴルド大王

 胸まで届く長い顎髭、誇り高き鷲鼻、猛禽類のごとき鋭い眼差し――。

 そこ、室内入って右側の壁、一番奥に飾られてあったのは、確かに王者の衣装纏った「偉そうな」ドワーフの肖像画だった。

 薬品類の置かれた――ただし今は中が滅茶苦茶にされた――棚の、陰のようになった場所である。入口からは、パッと見すぐ分かるような位置ではあるまい。そんなひっそりとした所にこんな王様風の人物の絵が掛けられているのは妙といえば妙だが、しかし政府の役人たちはほとんど見向きもしなかったのだろう、その額縁にはめられた絵はまったく手つかずのようであった。


 「ほう、これが」


 そしてむろんロディたちが立つのも、今やその件の絵画のすぐ手前である。じっくりと検分している魔道士はじめ、先ほどは文句けたたましかったナッシュに至るまで、皆が静かに偉大な古代の王と正面から対峙している。すなわちそこだけ切り取れば、まるで名作を鑑賞する観光客一行、と取れなくもない姿で。


 「あのゴルド14世の御影か」


 やがてロディが呟いた。その眼前の人物をよく知悉しているような口ぶりだった。

 当然ながら、それは隣にいたファルをふっと振り返らせる。


 「知っているの、この人のこと?」

 「ああ、ドワーフ族にとっては決して足を向けて寝られない偉大な王。ただし300年程前の人物だが」

 「大陸の北部に、強大な王国を築いたんでしょう? 騎士学校の歴史の授業でも、出てきたわ。歴史上の英雄の一人として」

 「……実在の王、てわけか」


 そうして画像を前にして途端始められる歴史談義。悠長といえば悠長だが、とにかくどうやらその辺の話が得意だったのはロディのようで、すなわち彼が講じる形で話は進んで行ったのである。


 「元は一部族の首長に過ぎなかったゴルドの建てた王国はバルテムと呼ばれている。最盛期にはあと少しで大陸北部を制するかと思われたほどの大国だった。もちろん数多のドワーフたちを率いた。……だが結局快進撃もそこまで、最後は南の五王国連合に敗れ、それは適うことなかったが」

 「すごい、まさに大王、て感じだね。でも、その後王国はどうなったの?」

 「結局ゴルドが志半ばで病死した後は、その子供たちが醜い血みどろの後継者争い繰り広げ、彼の建てたバルテムもそんな中呆気なく崩壊への道を辿ることとなる。早くも大王没後十年後にはグラムのオーベルン王によって王都タルザが陥落、後は周辺にポツポツ弱小勢力が残るのみとなったんだ」


 と、そんなロディの長広舌の中に、何とも気になる単語耳ざとく聞きつけたのだろう。ふいにファルがパッと瞳の色眩しく輝かせた。


 「オーベルン王! <竜殺し>だ!」

 「フフ、オーベルンの英雄物語ね? ドーレム山に棲む悪竜を倒した青年オーベルンは、その功により王位を与えられ、グラム王国を築いた。ちなみにバルテムとの戦いの話はその後のこと。どこまでが真実でどこまでが嘘か、定かでないけど」


 すると今度はナッシュが感心したように呟く。


 「でも確かに凄いな、ドワーフ族にそんな英傑がいたなんて。ちょっと今からじゃ信じられない話だけど」

 「まあ今じゃここクラウゼンブルクに少し住んでいる以外は、ポツリと小さな群れをなして山などで暮らしているだけだからな。もちろん自分たちの王国などもってのほか。――だがそれゆえに」


 ――だが、そこで盛り上がっていた話は突如として元へ戻ることと相なった。ふいに瞳の輝ききらりと瞬かせたロディが、不敵な感ありありと表情変えたのだ。


 「人間にも勝る大国作ったゴルド大王はまさしくドワーフたちにとって限りなき憧憬の的そのもの。何より、たとえ肖像画であっても決してそれを傷つけることなど許されない。そう、だから役人たちも、まさかここに仕掛けがあるとは夢にも思わなかったはず。……むろんアンナの話が本当ならば、だが」


 もちろんその黒く冷ややかな視線は、鋭いくらいに目の前の肖像画、しかと睨み据えたままであり――。


 「さて、吉と出るか、凶と出るか」


 そして次の瞬間、彼の手はぐっと前へ伸ばされ、はたして件の大王の顔遠慮なく傷つけんと、その画布の上部をがっしと触っていたのである。

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