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第17話 出立

 どこまでも清潔さが保たれ、そして決して華美になり過ぎぬほどよいレベルの装飾で美しく彩られた、吹き抜け天井持つ巨大な空間。そこは見渡す限りほぼ白一色の、円形に象られた広い玄関ホールだ。

 すなわち南側の入口入って突き当り真正面、北には二階へと続く大階段、東と西には扉があり、それぞれが館内の別のエリアへ通じている。そして床や壁など所々に設置されてあるのは品の良い彫像や絵画の数々。しかもそれらだけでまさに一見する価値充分持っているくらいの。


 <真珠の館>。

 そう、そこはまさに白の魔道士の長が住まうにふさわしい見事な設え備え持った、一大居館。もちろん誰であろうと、何の用があろうと一歩足を踏み入れてしまえば、途端その荘厳な雰囲気、空気に知らず圧倒されてしまうのは確実なはずで――。



 「相変わらず、何と美しい……」


 はたしてホールの真ん中にすっと立ったその女も、ここが漂わせる美と権威のないまぜとなったオーラの余りの大きさに、我知らず溜息混じりで一言呟いていたのだった。

 背中まで届く、茶色の髪をした女性だ。すらりとした体形、そしてその顔は毅然としており、また右目に黒い眼帯を着けている。左に窺えるもう一つの切れ長な瞳が宿すその色は、美しくも冷たい印象与える鳶色のものだった。

 また、特徴的なのは、そのいでたち。

 鎖帷子と黒いズボン、加えて赤いサーコートという実に勇ましい姿で、さらに腰には長剣の吊り下がった剣帯。まさしく騎士を思わせる姿態なのである。

 その身なり、雰囲気から彼女がいかなる類の魔道士にせよ、同時に剣士としても相当腕が立つのは、もはや疑いようがあるまい。しかも、この真珠の館に一人堂々と入ってこられるほど、高い位階に位置した――。


 「おお、ロザリア殿」


 すると、ふいにそんな彼女へ背後より声を掛ける者があった。階段を降りて来たのだろう、やや息を弾ませている。何より、その声音に含まれる、いかにも親しげな響き……。

 女――ロザリアがその声にすぐ振り返っていたのは、言うまでもなかった。


 「これは、ミュラー殿」


 当然返す言葉も実に朗らかで。何の警戒心もなく。

 ――しかしそこにいたのは、傍目には奇妙としか言えぬ容貌持った人物なのだった。


 「いつもながらお勤め、ご苦労様ですな」


 そう、頭から下は至って普通の人間、ジャケットにズボンといういでたちながら、その頭部はまさしくもこもこの白い羊そのものとしか思えなかったのだ。それも羊らしく、実に柔和な雰囲気持った。


 「長様と色々話されてきたのでしょう?」


 そうして羊人間がさらに穏やかに続けた。メエと高らかに鳴かなかったのが不思議といえば不思議な感じでさえあった。


 「しかし今回ばかりはなかなかに大変な仕事のようで」

 「はい。ただし執事たるミュラー殿にもこれは詳しくお話しすることできませんが」

 「むろん。それだけ重要任務ということとなりましょう。それゆえロザリア殿にこそふさわしいほどの。――それで話は少し変わりますが」


 と、しかしそこでふいに潜められる声音。その小さな黒い両瞳も思案げに相手へ向けられ、それは分かり易くもあからさまな懸念の表明、というやつに違いなかった。


 「最近は実に物騒な事件も多い。ロザリア殿も気をつけられよ」

 「魔道士が何者かに襲われている、というあれですか?」

 「ええ。特に闇夜の間に多く起こっているという――」


 そうしてミュラーはさらに表情重々しくしたものの、だが一方のロザリアにとってその心からの忠告は百も承知だったのだろう。騎士のごとき彼女の面持ちは一片も変化することがなく、


 「確かにいまだ犯人は正体不明、真の目的も謎ですが、しかし私も歴とした白の魔道士の一員。もしその者が立ちはだかるなら、すぐさま一刀のもとに斬り伏せてみせましょう」


 そう、さらにますます勇ましげな大言さえ返してきたのだから。

 そしてそれを受けた執事がパッと顔色明るくさせたのは、むろん至極当然のことなのであった。


 「おお、さすがは鉄仮面様の覚えめでたき魔道士。実に頼もしい。ならば、任務もいずれ達成適うこととなるでしょう。――して、誰かその仕事へともに連れて行く魔道士はいるのですか?」

 「はい。二人ほど。すなわち人柄も良く知り、腕もともに立つ、フォークとメルハです」


 さらにこれにはミュラー、納得の笑み。


 「なるほど、少数精鋭ですが、確かにロザリア殿の補佐には両者とも適任ですな。かたやモンク、かたや歌唄い、と」

 「あの二人なら、私の期待にも充分以上添えるはずです。何しろ、立ちはだかるのは困難極まる任務ゆえ」

 「……その内容知らぬ以上、私としては無事を祈るのみですが」


 そうしてロザリアがうなずいてみせると、ミュラーとしてはその言の通り小さく胸元で魔道の護印――円と十字を縦に組み合わせたもの――描くのみだったものの、その表情は相手への信頼感存分に示して甚だしい。何より彼にとって彼女に勝る腕利き的存在など、一人もいるはずがなかった以上。

 そう、『聖剣士』なる凄みある異名そのままの通りに。


 「いずれにせよご期待していますぞ、よい結果が届くのを」

 「むろん安心してお待ちください。そして何より長様にまずは我らが収穫、しかと届けましょう。鉄仮面さまも相当、此度の一件関心持たれていたゆえに」


 そしてその激励の言葉は対するロザリアの方へ自信満々に再び頷き返させ、すなわち次なる時、彼女は一人頼もしげに見つめる羊男相手に、最後に威勢よく一言放っていたのだった。


 「そう、全てはこのクラウゼンブルクの秩序が為に。それが我々白魔道士全員に課せられた、絶対に揺るぎない最大の使命なのですから」


 ――さらに加えて、腰に差した剣の銀色の柄、力強く握りしめながら。

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