第15話 怪しい影
かくてロディより課せられた重大任務は滞りなく終わり、いまだ朝の空気漂う川の堤を意気揚々と歩く二人組――。
むろんその足取りは、速く成果を魔道士へ報告しようとかなり勢いあるものだった。何せ、ついに王子探索への第一歩を踏み出すことができたのだ。つまりは、その王子を守る女魔道士がなぜ、ミラルカという男を探していたのか、その理由が分かるという……。
「ふふ、ロディたち、これ聞いたらどんな顔するかな?」
「驚くだろうな。何といっても隠し部屋だから」
「早く帰ろう! ユリシルトさんも首を長くして待っているよ!」
そうして、二人の話もおのずと弾み出すというもの。ファルに至っては、まるでスキップを踏むような歩き方、していたのだから。そしてもちろんここは同じ緑の街、家へ帰ろうとすれば、そこまでまさしくほんの数分のことに過ぎない。
「ファル、そんな急がなくても!」
「だって、何だかお腹すいてきちゃったんだもの!」
それゆえ冷ややかさと温かさの混じり合った四月の空気に、ハーフリングは何ともお気楽な声響き渡らせている。それはまさしく怖いもの知らず、今は恐れるものなど何ひとつない、と言わんばかりの体で。
「ふふ、今日のお昼は何かな?」
「……まったく。――ん?」
……だが、畢竟そんな春の気配のごとき気の緩みがそうさせたのだろう。隣を歩くナッシュ、こちらは常々勘の鋭いダークエルフがその瞬間、ふと何か異質な気配を背後から感じ取って足をすっと止めても、一方彼はまるでそれに気づくことなく、相変わらず元気一杯ひたすら家路を急ごうとしていたのである。そう、完全に帰れることに気を取られ、まったく後ろ振り返ることもなく。
「ファル、待って!」
「え?」
ゆえに突如として相棒が嫌に緊迫した声で自分を呼んできても、当のファルがとっさには一体何が起きたのかさっぱり分からなかったのも当然。彼は刹那ビクッとして、それからようやく後ろ向くこと適ったのだった。
「ナッシュ? あ、あれは……」
そうして慌てて振り返ったファル。するとナッシュがさらに先の方を鋭く睨み据えていたので、彼へ質問する暇もなく、必然的に少年もそちらへと眼差し送る。そして同じ堤上の向こうの方に、その時ファルの瞳がつと捉えたのは――。
「あら、気づかれたのかしら? 勘は良いらしいね」
「……」
革の丈夫そうな胴着にズボン、革長靴、そして左耳にだけ三日月形のイヤリング付けた黒髪の女魔道士と、その隣にぬぼうと立つ、目深に頭巾被り茶色いローブ纏った、見上げるような大男なのだった。
◇
突然現れた怪しい二人組認めると、ナッシュは警戒感隠すことなく瞳の色強くさせた。間違いなく彼女らを、敵に近い存在と確定した上での眼差しだった。
「……あんたらこそ、嫌にヤバい空気放って、僕たちに一体何の用?」
「そうか、私たちの<力>もはっきり感じ取れるんだ。これはただの子供だと思って油断した。やっぱり人間じゃないだけのことはある」
「そんなお世辞はいいよ。それより、早く用事を言いな」
しかも漂わせる雰囲気から間違いなくただ者ではないと分かるというのに、ダークエルフの声にはまるで怯みというものがない。そう、そこにはむしろ相手へと挑みかかるような風さえこめられていたのだ。
対して女魔道士に、知らず再び感嘆の声洩らさせていたほどに。
「それに度胸もすわっている。これは、痛みつけるのが惜しいくらい」
「何だって?」
「……まあ、でもこちらの質問に素直に答えてくれたら、何も手出しはしないけど」
そうしてこちらも眼光鋭く輝かせる謎の女。そのまま舌なめずりしないのが不思議なくらいの、それは凄みある様相だった。
「そうか。なら、その質問次第だな」
だが一方のナッシュにいまだ怯えた気配は微塵も窺えない。むしろ彼は背後の青い顔したファルを守るように一歩、前へ踏み出してさえいる。その素振りからすれば、あるいは彼一人でこの胡乱な連中の相手するつもりなのだろうか。
いかにも力のある、そしてまったく正体不明の連中の――。
「本当、生意気ね。でも、嫌いじゃないよ、そういうの。だからちゃんと答えてほしいんだけど。――そう、私の質問は至って簡単。要は、さっき河原で赤髪の女から何を聞きだしていたのか、たったそれだけよ」
その動きをどう見たか、女は平然としたまま続けた。
「……自分で聞いたらどうだい?」
「私もあの女に当たってみたんだけど、ミラルカのことなんか知らない、とにかくその一点張り。お金をあげようとしたところでまるで無駄。だからもう諦めようかとしたその時に、あんたたちが現れ長々と話していた、というわけ」
「なるほど」
「だからここは是非情報提供して頂戴。あんたたちだって、どうせミラルカのこと調べて――」
「断る」
――だが、そうして魔道士がいよいよ勝負決めるため力強く迫ってきたその刹那、ナッシュの鋼のごとき声音がそれ断ち切らんと、静かに辺りへ響いていたのだった。




