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第14話 アンナ・パブロヴァ

 仕事場から少し離れた所でその赤髪の女は、突然自分を訪ねて来た二人の少年を見つめると、ただひたすら頬赤らめボウっとしていた。

 ドワーフ族だというが、背が低い以外は人間とさほど変わらない見た目だ。ソバージュにした赤い髪の下、やや大き目の――今は驚きもあるだろうが――茶瞳が輝いている。むろん髭は生えていない。そんな中どことなく体格が頑丈そうに見えるところが、唯一、そしてもっともドワーフらしく思われる特徴ではあった。

 そうして小豆色の上衣とスカート、その上から白いエプロン身に着けた洗濯女。件の彼女は、一体どうしたことかと二人の訪問者見つめ、ようやく問いの言葉発したのである。


 「あの……私に何か御用でしょうか?」

 「ええ、お仕事中すみません。アンナ・パブロヴァさんにお話を聞きたくて、やって参りました」

 「話、私に――?」


 対してナッシュが礼儀正しく告げる。艶然たる笑みがそこには付け加わっていた。


 「でも、一体何を」

 「ミラルカ・フィン。今は監獄に囚われている、そしてあなたの愛する人についてです」

 「え……?!」


 かくしてダークエルフがいきなり切り出した一言。何よりそれは間違いなく相手の意表を突いたようだ。突如としてアンナに、分かり易くも大きく慌て出させていたのだから。


 「な、何をおっしゃっているのか……」


 おまけに、必死になって否定までさせて。


 「そんな人、私知りません!」

 「そうですか? でも情報によると」

 「私には、ちゃんと主人がいますからっ」


 そして先ほどとはまた別の意味、怒気でたちまち顔が赤くなる。だがそうやって反論するのに精一杯過ぎて、その如実な反応がかえって自らの墓穴を掘ったことなど夢にも思っていないのだろう。それゆえ瞬間狩人のごとくナッシュの瞳が妖しい輝き増したことには、彼女はまったく気づくことがなかったのだった。


 「――なるほど。では、ミラルカが愛する人としてあなたの名前を告げた、としても?」

 「え、彼と会ったの?」

 「もちろん」

 「でもまさか、監獄で……」

 「そう、まあそれは僕たちじゃなく別の人ですけど。とにかくその人たちがミラルカさんと会って、色々話してきたんです」


 ……と、そこで援護射撃とばかりに横より入ってくるファル。相変わらず太陽のように温かな笑顔だ。しかもいかにも心から相手慮っているがごとき優しい雰囲気も満々とある。

 つまり言ってしまえば、完全無自覚にして天賦の才能誇る、究極の人たらし――。


 「おお、ミラルカ……」

 「やっぱり気になりますか、あの人のこと?」

 「もちろんよ! そ、それで、彼は元気だったの?」


 従って次の瞬間、アンナが途端哀切な表情となって二人に聞き返してきたのも、少年たちの絶妙なコンビネーション考えれば決しておかしなことではなかったのである。



 そうして二人の少年の罠にあっさりとはまり、僅か後にはアンナは自らの秘められた恋人、ミラルカについて仕方なく話し出していた。


 「……確かに彼は私の最愛の人よ。心から好きな」

 「でも、さっきも言ったように、あなたには歴とした夫がいるんでしょ?」

 「そうよ。だからこれは禁じられた愛。誰にも明かすことなどできない」

 「わあ、不倫、てやつだ。大人……」


 むろんかくて言われた内容は二人にとって十分予想できる範囲だったはずだが、しかし直接耳にするとそれなりの衝撃だったのだろう、特にファルに至ってはなぜか自分の方が顔赤らめるという謎の反応示したくらいだった。


 「まあ、僕たちも別にその不倫をどうこう言うつもりはないんです。それは人の勝手だし。ただ、教えてほしいのは、ミラルカの犯した罪でして」

 「罪?」

 「そう、彼がなぜ監獄へ入れられたのか、という」


 一方あくまでクールに相手へ迫るナッシュ。職務熱心なのかあるいは単にマセているだけなのか、いずれにせよ冷静極まる対応というやつには違いあるまい。

 ゆえにドワーフ女の方も、それに合わせてやや気を落ち着け答えだしたのは、言うまでもないのだった。


 「そうね、確かにあの人は、何の罪状か周囲に明かされないまま、捕まってしまったわ」

 「そう、まさに誰も知らないんです。僕の知り合いの魔道士によれば、彼には特に親しい友人もいなかったようですし。――だから、あなただけが、その真相を知る唯一の人物ということになる」

 「彼が、犯した罪……」

 「何か心当たりはありますか?」


 むろんこういったやり取りを得意としていそうなダークエルフがそんな相手のせっかく語り出した好機、見逃すはずもない。畢竟、その視線が鋭さを増す。


 「どんな小さなことでも構いません」


 そう、まさしく一気呵成に待望の獲物、仕留めてしまわんと。

 隣にいるファルがいまだドギマギしているのは、さておいて。


 「――そう、確かに私には心当たりがあるわ」

 「!」

 「だって、彼から隠し部屋の場所、聞いていたんだもの」


 と、ふいにアンナが瞳の色を輝かせた。迷いが消え、まさに決心がついたという面持ちだ。気持ちナッシュたちを見る眼差しにも強さがこもっている。


 「え。隠し部屋?」

 「そうよ。もちろん自分の家に作った。そして誰にも見つかることのない」

 「では……」


 そしてむろんその言はナッシュを、そしてファルをもあからさまに驚愕させるもの、突如として核心へと迫るワード――それもかなり怪しげな――に相違ないのであった。

 当然ながら、それまで冷静だったナッシュをして思いきり相手へ身を乗り出させていたのだから。


 「その、場所は?」


 何よりもその声音に、はっきりと真剣すぎる響き、幾重にも纏わせて。青色の瞳の美しさも、常に増して甚だしく――。


 「……もちろん教えても良いわ。あなたたちには」

 「! だったら――」

 「でも、その代わり、私のお願いも聞いて頂戴。あの部屋で彼が何をしていたのか、分かったら教えてほしいの」


 そうして放たれたのは、切なすぎる願い。そこには逡巡か、あるいは気負いもあったのかもしれない。愛人の秘密を知るという重大な。だがいずれにせよ、彼女はついに決意してしまった……。

 すなわち、アンナはそのすぐ後、相手に負けないくらいの情熱的な光、その茶瞳にしかと宿して、最後に哀切な表情のまま自らの偽らざる思い、告げてきたのである。


 「私には、もう彼しかいないんだから……」


 ――そう、今にも泣き出しそうに声音、明々と震わせながら。

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