第11話 面会室のドワーフ
バシュタール監獄の面会室は一面灰色の殺風景でごく狭い部屋だった。とにかく面積的には、6~7平方ユー(メートル)もあるまい。
しかもその真ん中、室内を横に二分するように、堂々と敷居が築かれている。一見すると壁から壁、単なる横に、かつ腰ほどの高さに張られた1本の赤いロープが。
「何これ」
従って入室してすぐその存在に気づいたユリシルトは、椅子に座る前無警戒にもそれにそっと手を触れようとしたものの、
「おい、駄目だ! それは結界だぜ」
背後から突然ロディが大きな声で警告してきたため、慌てて手を引っこめたのだった。
「結界――?」
「侵入防止等に使われる魔法の一つだ。とにかく何の用意もなくその線を超えようとすると、少なからぬダメージ受けるようになっている。もちろん、それ以上進ませないために」
むろんその内容はユリシルトを大いに怯えさせた。
「な、なるほど」
「それにここは言っても監獄だ。妙な動きは見せない方がいい」
「分かった」
そうして魔道士たる同行者の言う通り、素直にすぐさま着席、姿勢も気持ち正している。いうまでもなく自分はここではあくまで外部からの異邦人、よく内情知悉する人物の言葉には従うのが一番だった。
加えて、彼女にはまずやらなくてはならなかったことがあった以上。
ミラルカ。ロディとは知己の仲だという、緑の魔道士。
虚無の丘において、謎めいた四人組のリーダー格たる若い女がその居場所探していた。
そんな彼から、何か得られるものはないか情報、引き出すという……。
(とにかく、今はどんな小さなものでも)
そう、そしてその積み重ねた結果エリック王子と恋人メルフィの元へ、いつの日か必ず辿り着くために。
――何より自分はただその仕事為さんがために、困難の末ここまでやって来たのだから。
「ミラルカ・フィン。入室する」
やがてそんなユリシルトの耳は、奥のドアをノックする音とともに、一人の男が放った声をしかと捉えていた。
「!」
当然とばかりに、ハッとした騎士の眼差しはそこへと熱を持って注がれる。
まさしく王子探索に向けての、最初の手がかりになるかもしれないのだ。
ゆめ気を抜くなど絶対にあってはならない事態だった。おのずと、椅子に座ったまま身を前へ乗り出してさえいて。
とにかく早く、今は時間も惜しい、と。
畢竟、心臓の音も外に聞こえるかと思われたくらい分かり易く高まり出し――。
「……俺に、何か用?」
……だが、そうしてついに迎えた肝心の第一情報源候補、ロープ挟んで対面に座った人物は、案に相違してやたらふらつき赤ら顔までした奇妙な男なのだった。
これがドワーフ、という種族なのだろうか。とにかく顔の下半分を覆うほど髭が長く、髪の毛もボサボサ、加えていかにもずんぐりした子供のように短身の体形。しかしそんな中黒い瞳は妙にくりくりっとむしろ人懐っこく、それが彼の年齢をかなり分かりにくくさせている。おまけに今のいでたちは当然ながら囚人用の上下青白横縞模様になった服で、むろん本来の姿からかけ離れていること甚だしい。よって常日頃、普段の状態を知らぬ以上、ユリシルトがこの男に対してあからさまな訝しさしか覚えなかったのは言うまでもなかったのだった。
「あれ、そこにいるのはロディ」
一方男はそんな娘の内心など露知らず、次にはその隣に知った存在認め声出している。間の抜けたというか、何とも緊張感に欠けた不思議な響き含めて。
「よう、ミラルカ。久しぶりだな」
「何年ぶり、かな?」
「……多分二か月ぶり、くらいだ」
しかもどことなくぼんやりしていて、声を掛けられたロディもそんな彼の様子に気持ち戸惑い見せたのは確実。従って一瞬の間の後、魔道士はやや慎重な口ぶりで訊ね返していた。
「そんなことより、お前身体でも悪いのか? フラフラしているぞ」
「うーん、悪いと言えば悪いし、良いといえば良いし」
「何だそりゃ」
「監獄暮らしってのも、しかしそんなひどいもんじゃないね。ロディも一緒にどうだい?」
しかし相手の返事はあくまで要領を得ず、のらりくらりというかほとんど手応えがない。特にその雰囲気に知らず危機感覚えたのはむろんユリシルトの方であった。
突然、彼女の声が二人のやり取りへ割って入ってきたのだから。
「それはそうと、私たちあなたに話があってここまでやって来たの。ちょっとお時間よろしいかしら」
するとその横槍に、ミラルカはまるで初めてそこに女騎士がいたのを認めたかのようにやや目を丸くして見つめ返す。片方の眉まで、はっきりと吊り上がらせて。
「な、何だあんた、いつからそこに」
「……いつからだろうと、とにかく時間がないの。そもそも、あなたは何をして捕まったの?」
「……」
「これはあなたが正当な扱いを受けているか検証することにもつながるわ。もしかしたら、刑期を短くしたりもできる――」
その一言は、ドワーフをしてますます怪訝な表情表させた。
「検証……」
「そう、ミラルカ。あなたの罪が、はたしてそんな大層なものなのかという」
そう、あまりに想外で、そして妙なことを言われたかのように……。




