第三章:非対称の戦い 3.3 遠い介入、迫る選択
国際連合安全保障理事会の緊急会議は、台北の空に響く爆音とは対照的に、冷たい空気に包まれていた。世界の目と耳は台湾に向けられているにもかかわらず、その議論は膠着状態に陥っていた。西側諸国が提出した、中国軍の即時撤退と停戦を求める決議案は、中国が有する拒否権によってあっけなく否決された。中国の代表は、これはあくまで「内政問題」であり、外部の介入は許されないと主張し、台湾を「不可分の一部」であると繰り返した。
「これは主権国家に対する明白な侵略行為である!」「国際法への重大な違反だ!」
各国代表が次々と非難の声を上げた。国連議場は、激しい応酬と非難の応酬で沸騰した。アメリカ、イギリス、フランスは中国へのさらなる経済制裁を発表し、凍結資産や貿易制限といった圧力を強めた。しかし、そのどれもが、今まさに血を流している台湾を直接救うものではなかった。国連という舞台は、その設立理念とは裏腹に、大国の利害に縛られ、国際社会の分断と無力さをこれでもかと浮き彫りにした。
米国CNNの戦地特派員、サラ・コナーは、ニューヨークにあるCNNのスタジオから、国連での議論の様子を中継で報道していた。彼女のレポートは、国連の無力さと、国際社会が台湾に対して、言葉と経済制裁以上の直接的な軍事介入に踏み切れないジレンマを厳しく批判した。「台湾の人々が虐殺されている間、世界はただ見ているだけなのか」彼女の声は怒りに震え、その鋭い問いかけは、世界の視聴者の心に突き刺さった。カメラのレンズは、活発に議論を交わす各国の代表たちを捉えていたが、サラの目には、彼らがどこか遠い世界の出来事を論じているかのように映った。彼女の心は、台北の瓦礫の下で今も苦しんでいる人々にあった。
東シナ海を警戒航行する海上自衛隊のイージス艦「きりさめ」の艦橋は、張り詰めた沈黙に包まれていた。艦長の田中健太は、米軍からの共同作戦への支援要請に、深く苦悩していた。レーダーには、台湾を取り巻く中国軍の警戒網がくっきりと映し出されている。米軍の要請は、情報共有や後方支援に留まらず、海上での共同阻止作戦といった、より直接的な関与を示唆するものだった。
「艦長、政府からの新しい指示はまだですか?」
副官の声が、乾いた空気に響いた。田中は何も答えなかった。彼が何を考えているのかは、誰の目にも明らかだった。日本国内の世論は、台湾有事への対応を巡って完全に分断されていた。沖縄や先島諸島には、ミサイルが飛来するのではないかという懸念から、住民の間に強い動揺が広がっていた。一部の地域では、自衛隊の部隊展開に反対する大規模なデモが連日行われ、「戦争反対」「沖縄を戦場にするな」というシュプレヒコールが響き渡っていた。一方で、「台湾を見捨てるな」「日米同盟を強化せよ」と主張する声も強く、国内世論は激しい対立の渦中にあった。
政府は、慎重な姿勢を崩さないまま、依然として明確な軍事行動を決定できずにいた。水面下では、日米同盟の維持という外交上の最重要課題と、平和憲法との整合性という国内法の壁の間で、激しい議論が繰り広げられていた。自衛隊がどこまで米軍を支援できるのか、そしてその支援が「武力行使の一体化」と見なされないか、法的な解釈を巡って法制局と防衛省が激しく対立している。田中は、刻一刻と状況が悪化する中で、政府の煮え切らない態度に苛立ちを覚えていた。しかし、彼にできるのは、ただ命令を待つことだけだった。彼の責任は、目の前の艦と、その乗組員の命を守ることにある。そして、その命を守るためにも、最悪の事態に備えなければならない。
米国は、国際社会の非難が高まる中、ついに限定的な介入に踏み切った。グアムのアンダーセン空軍基地からは、戦略爆撃機B-52が発進し、中国本土の軍事施設への長距離精密攻撃を示唆するかのような示威行動を行った。それは、中国への警告であり、これ以上のエスカレーションを避けるための牽制だった。しかし、それ以上の直接的な介入は、依然として慎重だった。
太平洋に展開する米海軍の空母打撃群は、台湾周辺海域のわずか数百キロ先に展開していた。しかし、彼らの動きは極めて慎重だった。中国が保有する大量の反艦ミサイル(「空母キラー」と呼ばれるものを含む)の脅威は現実的であり、安易な接近は、莫大な損害を招きかねなかった。空母「ロナルド・レーガン」の艦載機が偵察飛行を行うものの、本格的な航空支援や、中国本土への直接攻撃には踏み切れないでいた。
サラ・コナーは、米軍の動きを追い、そのジレンマと、台湾が孤立している現状を世界に発信し続けた。彼女は、台湾からの映像と、米軍高官の匿名インタビューを組み合わせ、米国の「戦略的曖昧さ」が、結果的に台湾を危険に晒しているのではないかと、その報道で問いかけた。国際社会の外交的な圧力、経済制裁、そして米軍の限定的な示威行動。そのどれもが、今まさに死闘を繰り広げている台湾を救うには、あまりにも遠く、そして遅すぎた。
台北の街では、李志明たちゲリラ部隊が、中国軍の圧倒的な物量と、最新鋭の兵器を相手に、手製の武器と地の利を生かした非対称の戦いを強いられていた。彼らは、国際社会からの明確な支援がないまま、ただ自分たちの信じる自由のために、泥にまみれ、血を流し続けている。彼らの未来は、不確かな希望の光に照らされた、細い綱の先にぶら下がっていた。台湾の戦いは、世界の関心の中心にはあるものの、現実に差し伸べられる手は、あまりにも少なかった。