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台湾侵攻  作者: 未世遙輝
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第三章:非対称の戦い 3.1 瓦礫の街、抗う魂


台北の街は、もはやかつての面影を留めていなかった。中国軍の容赦ない砲撃と、侵攻後の市街戦によって、高層ビル群は鉄骨の骸と化し、歴史ある小道も瓦礫の山に埋もれていた。焦げ付いた煙の匂いが常に鼻腔を刺激し、遠くから聞こえる銃声や爆発音が、この街の新たな日常を形作っていた。そんな絶望的な風景の中で、李志明は立ち上がった。

彼は、奇跡的に爆撃を生き延びたかつての特殊部隊の仲間数人と、そして、絶望の中で武器を手に取ったごく普通の市民たちと共に、小規模なゲリラ部隊を結成した。彼らは、正規軍のように組織だった訓練を受けているわけではない。しかし、この街を知り尽くした地の利と、故郷を守りたいという純粋な、そして激しい情熱を持っていた。彼らは、崩壊した建物の陰、地下道の暗がり、あるいは廃墟となったショッピングモールの奥深くへと潜伏し、中国軍の進軍を阻むための奇襲攻撃や狙撃を仕掛けた。

市街戦は、正面から衝突するような大規模な戦闘ではなかった。それは、まさに「見えない敵との消耗戦」だった。中国軍の兵士たちが油断した一瞬の隙を突き、瓦礫の隙間から正確な狙撃が行われる。彼らが反撃に出れば、志明たちはすでに姿を消し、別の場所から新たな攻撃を仕掛ける。中国軍にとっては、どこに敵が潜んでいるのか分からない、神経をすり減らす戦いだった。志明は、爆発で倒れたバスの残骸を隠れ蓑に、遠くを行く中国軍の装甲車に狙いを定めていた。スコープ越しに見える兵士たちの顔には、疲労と、そしてどこか得体のしれない恐怖が浮かんでいるようだった。

「これで、奴らの進軍を少しでも遅らせられる」

彼は、心の中でそう呟き、トリガーを引いた。小さな銃声が瓦礫の街に吸い込まれていく。それは、台湾の抵抗の、小さくも確かな音だった。志明たちは、夜陰に紛れて出撃し、中国軍の車両を破壊したり、補給部隊を襲撃したりした。時には、わずかな手製の爆弾を仕掛け、彼らの進軍ルートを寸断することもあった。彼らの行動は、中国軍に直接的な壊滅的打撃を与えるものではなかったが、確実に彼らの士気を削ぎ、台湾の占領を困難にさせていた。志明は、仲間たちと共に、この瓦礫の街で、最後の最後まで抗い続けることを誓っていた。

中国軍は、占領した地域で厳戒態勢を敷き、住民の統制を強化していた。街の主要な交差点には検問が設けられ、身分証の提示が義務付けられた。日中には軍用車両が巡回し、夜間には外出禁止令が出された。しかし、多くの市民は中国の支配を拒否し、水面下で抵抗を続けていた。

年老いた屋台の店主は、志明たちのゲリラ部隊に、炊き出しの余りである温かい粥を差し入れた。学校の教師は、中国軍の目を盗んで、重要な地図や中国軍の配置に関する情報を、暗号化されたメッセージとして彼らに届けた。破壊された建物の地下室に隠れる家族は、負傷したゲリラ兵を匿い、拙い手つきで手当てを施した。彼らは、武器を直接手に取ることはできない。だが、彼ら自身のやり方で、陰ながら抵抗活動を支援していた。それは、目には見えない、しかし強固な絆で結ばれた抵抗のネットワークだった。

しかし、その抵抗には、常に悲劇が伴った。中国軍は、抵抗活動への報復として、時に非情な手段を用いた。ゲリラ兵を匿ったとして、あるいは情報を提供したとして、無実の民間人が見せしめのように逮捕され、処刑される事件も発生した。銃殺された人々の遺体が、見せしめのように広場に晒された。その光景は、戦争の非情さ、そして人間の尊厳が踏みにじられる痛ましさを浮き彫りにした。

ある日、志明は、幼い頃から世話になっていた近所の老人が、ゲリラ部隊に食料を提供したとして、中国兵に引きずられていくのを目撃した。彼は身を隠し、何もできない自分に怒りを覚えた。老人の悲痛な叫び声が、彼の耳に焼き付いた。志明は、失われた命の一つ一つが、自分たちの戦いの意味であることを深く心に刻んだ。彼は、この街の市民の犠牲を無駄にしないため、そして、これ以上命が失われるのを防ぐため、戦い続ける決意を新たにした。彼の銃弾には、もはや私的な感情だけでなく、失われた魂たちの願いが込められていた。

台北市内の地下深く、厳重に遮蔽された政府系施設の一室では、王美玲が、中国軍の高度なサイバー攻撃と闘い続けていた。彼女の周囲には、無数のモニターが並び、その画面には複雑なネットワーク図、リアルタイムで変化するデータ、そして中国側から送り込まれる悪意に満ちたコードの羅列が映し出されていた。室温は低く保たれているが、美玲の額からは、止めどなく汗が流れ落ちていた。

彼女は、まるでチェスの名人のように、中国軍の動きを読み、先手を打つ。中国軍のサイバー部隊が、台湾軍の残された通信ネットワークへの侵入を試みれば、美玲はそれを逆手に取り、中国軍の通信ネットワークに侵入し、混乱を引き起こす。彼らの指揮官の間で交わされる暗号化されたメッセージを傍受し、分析する。時には、彼らの最新鋭のドローンを一時的に乗っ取り、そのカメラから中国軍の配置や動きに関する貴重な情報を引き出すことさえあった。

「よし! 中国軍の補給ルート、特定! 第五戦区の兵力配置、確認しました!」

美玲は、叫ぶように同僚に報告した。彼女の指先一つで、戦況が動くことがある。目に見えない情報戦は、地上で兵士たちが繰り広げる激しい戦闘と並行して、台湾の命運を左右する極めて重要な局面となっていた。中国軍のハッカーたちは、その道のプロ中のプロだった。彼らの攻撃は洗練され、執拗で、容赦がない。しかし、美玲もまた、台湾が誇る最高の頭脳の一つだった。彼女は、昼夜を問わずキーボードを叩き続け、時には仮眠室で数時間の仮眠を取るだけで、再び戦場へと戻る。

美玲の疲労は極限に達していた。目にはクマができ、唇は乾ききっている。しかし、モニターに表示される中国軍の最新の動きや、兄・志明たちが危険な任務に就いていることを示すわずかな情報に触れるたび、彼女の指先には再び力が宿った。彼女の戦いは、物理的な武器を持たないが、台湾の「心」を守るための、そして「自由」を繋ぎとめるための、最後の防衛線だった。サイバー空間の嵐は止むことなく吹き荒れ、その中で美玲は、ただ一人、孤高の戦いを続けていた。彼女の指先一つで、世界は変わり得た。


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