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台湾侵攻  作者: 未世遙輝
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第二章:炎上する自由  2.2 迫り来る影


台湾の夜空は、終わりなき咆哮に包まれていた。最初のミサイルが着弾して以来、飽和攻撃は止まることを知らなかった。中国人民解放軍は、文字通り、台湾全土を標的とした猛攻を加えていた。閃光と轟音が次々と台北だけでなく、高雄、台中、台南といった主要都市を襲い、軍事基地、空港、港湾施設、そして政府中枢が、容赦ないミサイルの嵐に晒された。

特に、台湾空軍の生命線である滑走路は、特殊なクラスター爆弾や地中貫通型爆弾によって徹底的に寸断されていく。アスファルトはめくれ上がり、巨大なクレーターが幾重にも穿たれ、ジェット機の離着陸を不可能にした。防空レーダーサイトは次々と沈黙し、台湾の空はもはや盲目状態に陥っていた。格納庫から緊急発進を試みる台湾空軍のジェット機がいくつかあった。轟音を上げて滑走路を駆け抜けるF-16戦闘機が、空へと舞い上がろうとしたその瞬間、上空から飛来したミサイルによって爆炎の中に消えていく。ある機体は、離陸する前に、すでに滑走路に着弾したミサイルの爆風によって押し潰された。それは、生と死を分ける、あまりにも短い、そして残酷な瞬間だった。

台湾の防衛は、開始数時間で壊滅的な打撃を受けた。空は中国軍のものとなり、制空権は一方的に奪われつつあった。この圧倒的な暴力の前には、どれだけ勇敢なパイロットも、精鋭部隊も、為す術がなかった。人々の心には、希望よりも先に、深い絶望が蔓延し始めていた。街のあちこちから上がる黒煙が、台湾の自由が燃え尽きていく様を象徴しているかのようだった。

東シナ海を警戒航行していた海上自衛隊のイージス艦「きりさめ」の艦橋では、田中健太艦長が、これまでになく緊迫した表情で状況モニターを見つめていた。彼の目の前には、台湾方面へ向かう無数の中国軍の航空機とミサイルの反応が、まるで流星群のように表示されていた。赤い点が、台湾の領空へと吸い込まれていくたびに、田中の心臓は重く脈打った。

「艦長、台湾空軍のレーダーサイト、次々と沈黙しています!」

「複数の中国軍爆撃機、台湾本土に到達!」「嘉義、台南、松山各基地からの応答がありません!」

オペレーターたちの報告が、まるで機関銃のように飛び交う。情報が洪水のように押し寄せ、艦橋全体が張り詰めた空気に包まれていた。田中は、無意識のうちに拳を握りしめていた。彼の脳裏には、数時間前に妻から届いた「気をつけてね」というメッセージが蘇る。日本の安全が、今、まさにこの目と鼻の先で、直接的に脅かされていることを肌で感じていた。台湾の陥落は、日本の安全保障環境を根本から揺るがすことを意味する。

その時、艦橋のメインコンソールに設置された専用回線である日米間のホットラインが、けたたましい音を立てて鳴り響いた。田中は迷うことなく受話器を取った。回線の向こうからは、米太平洋艦隊司令官の緊迫した声が聞こえてくる。

「タナカ艦長、状況はご覧の通りだ。中国軍の動きは予想を上回る速さだ。現在、両国政府間で緊急の協議が始まっている。情報共有を密に頼む」

司令官の声は、通常は冷静沈着な彼にしては珍しく、微かに震えていた。両国政府間の緊密な情報共有と協議が始まっていることが示唆され、日本がこの紛争に巻き込まれる可能性が現実味を帯びてきたことを田中は悟った。彼らのいるこの海域が、次の戦場になるかもしれない。彼は深呼吸をし、冷静さを保とうと努めた。目の前の事態が、自分たちの日常を、そして日本の未来を、大きく変えようとしていることを、田中は痛感していた。

米国CNNの戦地特派員であるサラ・コナーは、開戦の報を受けるや否や、危険を承知で台北市内に潜入していた。彼女は、爆撃の轟音と人々の悲鳴が響き渡る中、小型のデジタルカメラを構え、そのレンズを通して目の前の現実を克明に記録し続けた。

街は、地獄絵図と化していた。ビルは崩壊し、道路には巨大なクレーターが口を開け、瓦礫の山から黒煙が天高く昇っていた。人々は恐怖に駆られ、地下鉄の駅や頑丈な建物へと必死に避難しようとしていたが、その混乱の中で、多くの命が失われていく。サラは、その惨状を冷静に、しかし深く心を痛めながら記録する。彼女の耳には、爆発音の合間に、幼い子供の泣き声や、助けを求める人々の呻き声が、生々しく響いていた。

彼女は、爆撃の合間を縫って、わずかに残された台湾軍の兵士たちにもカメラを向けた。彼らは疲弊しきった顔で、それでも必死に持ち場を守ろうと、銃を構えていた。ある若い兵士は、瓦礫の陰から敵機を睨みつけ、汗と泥にまみれた顔で、震える手で銃を握りしめていた。彼らの瞳には、恐怖と同時に、祖国を守ろうとする強い意志が宿っていた。

サラの目的は、この戦争の真実を、ありのままに世界に伝えることだった。プロパガンダや政治的な思惑に左右されることなく、現場で何が起きているのかを、彼女自身の目と耳を通して、そしてレンズを通して世界に届けたかった。携帯電話の電波は不安定で、衛星電話も繋がりづらい状況だが、彼女はそれでも、命がけで取材を続ける。

彼女は、崩壊したビルの一角に身を隠し、小型の衛星通信機を取り出した。バッテリー残量はわずかだが、この瞬間、世界にこの光景を届けなければならない。彼女は、カメラのレンズ越しに見た、炎上する自由の象徴である台湾の街を、そして必死に抗う人々の姿を、鮮明な言葉で語り始めた。彼女の声は、ノイズに混じりながらも、遠く離れたCNNのスタジオへと届けられ、やがて、世界の何億という人々の耳に届くことになるだろう。この戦争の第一報は、彼女の命がけのレポートから始まったのだ。


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