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台湾侵攻  作者: 未世遙輝
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第二章:炎上する自由  2.1 咆哮する夜空


深夜、台北の街は、嵐の前の静けさを保っていた。不気味なほど研ぎ澄まされたその沈黙を、突如として切り裂く轟音が夜空を震わせた。それは、まるで巨大な何かが地中から這い出すかのような、身体の芯まで響く地鳴りだった。間髪入れずに、遥か上空で稲妻が走ったかのような閃光が走り、続いて空気が破裂するような衝撃波が街を襲った。最初のミサイルが炸裂したのだ。

李志明のカフェ「暖光珈琲」の窓ガラスが、ガシャンという耳をつんざく音とともに砕け散った。店内にいた数人の常連客が、恐怖に顔を引きつらせ、叫び声をあげた。一瞬にして、カフェは瓦礫と破片の山と化した。志明は、カウンターの陰に身を伏せていたが、その直後、二発目、三発目のミサイルが、まるで街を狙い定めたかのように次々と着弾した。けたたましい爆発音と、空気を震わせる衝撃波が何度も繰り返され、夜空は赤とオレンジ色の不気味な光に染め上げられた。

それは、まるで悪夢の始まりを告げる合図だった。電光が瞬き、そして、すべての明かりがフッと消えた。街は一瞬にして漆黒の闇に包まれ、それに呼応するかのように、街の喧騒も、人々の叫び声も、ゆっくりと、しかし確実に遠ざかっていった。静寂が戻ったわけではなかった。それは、ただ、音の洪水の中で、個々の音が認識できなくなっただけのことだった。地獄の釜の蓋が開いたような、そんな感覚。中国人民解放軍による台湾侵攻が、まさしくこの瞬間、始まったのだ。

志明は、ゆっくりと体を起こした。喉の奥から込み上げる鉄の味がした。額から血が流れているが、それよりも、店の奥で呻き声が聞こえる方に意識が向いた。数分前まで談笑していた老夫婦が、崩れた壁とテーブルの破片の下敷きになっていた。

「大丈夫ですか!?」

志明は駆け寄り、瓦礫を必死で退かそうとする。だが、重い木材と石膏の塊は、彼の力だけではどうにもならなかった。老夫婦は、目を閉じ、口から血を流していた。志明は何度も呼びかけたが、返事はなかった。

「くそっ……!」

彼は拳を強く握りしめた。目の前で、平和な日常が、大切な人々が、無残にも引き裂かれていく。その光景は、彼が特殊部隊時代に見てきたどんな地獄よりも、胸を抉るものだった。訓練された兵士としてではなく、一人の市民として、彼は無力だった。

だが、その無力感の中に、ゆっくりと、しかし確かな怒りが燃え上がっていくのを感じた。冷たく、しかし激しい炎が、彼の心の奥底で燃え盛る。このまま傍観者でいることなど、できるはずがない。彼の身体の中に眠っていた、かつての特殊部隊員としての血が、覚醒を求めて騒ぎ始めた。彼は生き残らなければならない。そして、この状況を変えるために、戦わなければならないと、本能的に理解した。瓦礫の隙間から漏れる月明かりが、彼の決意を宿した瞳を鈍く照らしていた。

同じ頃、台北市中心部の地下深くにある政府系施設では、王美玲が、サイバー戦の最前線で孤軍奮闘していた。警報の電子音がまるで耳鳴りのように響き渡り、壁一面に並んだモニターは、赤と黄色の警告メッセージで埋め尽くされていた。中国の精鋭ハッカー部隊が、台湾の主要インフラに対し、前例のない規模と巧妙さで攻撃を仕掛けていたのだ。

「電力網のメインサーバーがダウン!」「交通管制システムへの侵入を確認!」「防衛システムのファイアウォールが突破されました!」

オペレーターたちの悲鳴のような声が飛び交う。美玲の眼前にある大型モニターには、台湾全土のデジタルネットワークが、まるで血を流すかのように次々と赤い表示に変わっていく様子が映し出されていた。それは、単なるシステム障害ではなかった。台湾の防衛システム、電力網、交通管制システム、そして市民の生活を支えるありとあらゆるネットワークが、標的となり、壊滅的な攻撃を受けていたのだ。

美玲の指先は、キーボードの上を猛烈な速さで舞っていた。複雑なコードを打ち込み、侵入してきたウイルスを解析し、防御プログラムを構築する。彼女の頭脳はフル回転し、その冷静な判断力で次々と指示を出す。

「サーバー03系統を緊急シャットダウン!」「迂回ルートを構築しろ!」「敵のIPアドレスを特定、逆探知を試みろ!」

汗が額から流れ落ち、キーボードのキーは熱を持っていた。隣に座る同僚たちも、顔面蒼白になりながら、必死に自分の持ち場で奮闘している。彼らの多くは、サイバー攻撃の専門家ではあっても、これほどの国家間の戦争を、まさか自分たちがその最前線で経験することになるとは思っていなかっただろう。モニターには、次々と不審なコードが羅列され、美玲の目にはそれが、中国側のハッカーたちの不気味な笑みのように見えた。

美玲は必死に防衛ラインを構築するが、中国側の攻撃は波状攻撃のように途切れることがない。むしろ、時間が経つごとに、その猛威は増していく。彼女の直感は、このままではすべてのシステムがダウンしてしまうと告げていた。状況は絶望的だった。しかし、彼女は諦めなかった。兄の志明の顔が脳裏をよぎる。この地下の戦場で、彼女はただ一人、台湾のデジタルな命脈を守ろうと、暗闇の中で光を放つモニターの光を浴びながら、孤独な戦いを続けていた。彼女の戦場は、爆撃音響く地上とは異なるが、その緊張感と危機は、何ら変わるものではなかった。


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