第一章:静かなる不穏 1.2 東シナ海の緊張と日本の選択
東シナ海の荒れた波間を、海上自衛隊のイージス艦「きりさめ」は静かに航行していた。艦橋のブリッジで、艦長の田中健太は、冷徹な眼差しで眼前のモニターを見つめていた。彼の任務は、中国海軍の異常な動きを監視することだ。最近、中国艦艇が日本の接続水域をたびたび通過し、露骨な威嚇行動を見せている。レーダーには常に複数の中国艦影が映し出され、そのたびに艦内には緊張が走った。
「きりさめ」は、米海軍の艦艇との共同訓練を頻繁に行っていた。それは、いつ起きてもおかしくない有事への備えだった。演習中には、米軍の艦載機が中国軍機と異常接近し、一触即発の事態に陥ることもあった。田中は、米軍司令官との無線での緊迫したやり取りを通じ、西太平洋地域の軍事的バランスが極めて不安定な状態にあることを肌で感じていた。「この綱渡りは、いつまで続くのか……」彼は心の中で呟いた。
日本国内でも、台湾有事への懸念は日々高まっていた。テレビの討論番組では、有事の際の日本の役割、特に集団的自衛権の行使の是非について激しい議論が交わされていた。「どこまで関与すべきか」「日本は戦争に巻き込まれるのか」――国民の意見は真っ二つに割れていた。政府は、万が一に備え、国民保護計画の検討を加速させていたが、その実効性には疑問符が付く状況だ。田中は、刻一刻と迫る危機の中で、自らが守るべきもの、そして艦長として、一人の日本人として下すべき決断について、深く思いを巡らせていた。彼の脳裏には、家族の顔と、守るべき日本の平和が常にあった。