#18 放課後の図書室
私は賽瓦。今日の昼休みは図書当番だったんだけど、相方の三河ってやつが仕事をしなかったせいで午後の授業に遅刻して怒られた。私はちゃんと三河のせいです!って言ったのに、三河も同じように言ったから両成敗で二人とも怒られた!まったく、あいつのせいでひどい目にあった。...本当のところはなんか気が合いそうだから話したくないわけでもないけど、とりあえず今日はもう話したくない!なのに、放課後も図書当番があるから顔を合わせなきゃいけない。いやだな~
放課後、図書室につくとあいつが受付に座っていた。私に気づいたあいつは、読んでいた本から顔を上げて、
「おっす」
あいつは私にそれだけ言うと、また本を読み始めた。え?それで挨拶のつもりなの?あれだけしておいて謝罪とかないわけ?
「おい、もっと他に言うことあるでしょ」
思わずそう口走ってしまった。いつもならこんなクズの謝罪なんて聞きたくもないが、自分でも相当気が立っていたらしい。
「はぁ?昼休みの件なら、賽瓦が先に寝てたから悪いのは賽瓦だろ?っていうか、私はちょっと授業で疲れて寝てしまっただけだから、ゲームして寝てた賽瓦よりはずっとマシだろ」
まったく悪びれもせず開き直る三河。こいつ…!言うに事欠いて私のほうが授業で疲れてたから仕方ないだぁ?ふざけてんのか?
「そんなの、生徒ならみんな同じでしょ?自分だけ特別だと思ってるの?あと、最終的に寝てたのはあんただし、あんたが全部悪いから」
そう反論する。最初に寝た私が悪いと言えなくもないが、とりあえずこいつに負けるとか絶対嫌だから私の非は認めない。
「うるせぇなぁ~、ずっと水掛け論になるじゃん。この話題。このままじゃ埒があかないし、いいよ、勝負して勝ったほうが悪くなかったってことで」
なんだと!?その手があったか!だが、待てよ。勝負の内容によってはこっちが不利になる可能性がある…
しっかり確認しないと
「いいでしょう。勝負の内容は?」
三河がにやりと笑いながら勝負の内容を教える。
「お互いに好きな本をプレゼンして、よりおもしろそうだと思ったほうが勝ちというゲームだ。ただし、面白さ、内容の深さ、自分に刺さるかどうかを5段階評定で決める。全部1とかなしな。勝負にならないから」
何を言い出すかと思えば!本のプレゼンだと?愚問だなぁ。私はありとあらゆるラノベを読んできたんだ!それを魅力的に伝えれば...魅力的に伝える?ちょっと待って。私にプレゼン能力はない!どうしよう…仕方ない、ここは別の勝負にしてもらうか...
「ちょっと待って、ほかの勝負に...」
「おいおい、ほかの勝負にしようっていうのか?図書委員でたくさん本を読んでいる賽瓦さんが、まさか好きな本を紹介できないなんてことないよなぁ??」
三河がニヤケ顔でめっちゃ煽ってきた!こいつ!私のことなめやがって!絶対許さん!
「いいよ!やってあげるよ!そっちこそ逃げないでよね!」
「へいへい、時間は30分。その間にプレゼン内容を考えることがルールな」
こうして、私たちは自分のお気に入りの本を紹介することになった。
30分後
何とか紹介文を形に収めることができた...だが、これで十分に魅力が伝わるのかな?だけど、もう時間もないからとりあえずプレゼンするしかない!負けるな、私!
「ちゃんとできたか?途中までしかできてなくてもちゃんと紹介しろよ~」
笑う三河。本当になめてるなこいつ!ハッキリと反論してやる!
「ちゃんとできてるし!あんたこそ、適当な紹介だったら許さないからね」
へいへいと肩をすくめながら、三河が前に出る。最初は三河が紹介するらしい。
「私が紹介する漫画は、ハイパーインフレーションです」
三河がまじめに紹介を始める。
「まず、インフレーションとは何かをご存じでしょうか?これは、経済用語でお金の価値が下がり、物の価値が上がることです。適度なインフレは経済を刺激しますが、この漫画のようにハイパーインフレーションともなると話は別です。インフレが急加速し、紙幣は紙クズ同然になり、社会がとんでもないことになります。わかりやすいのはジンバブエドルでしょう。お金というのは国家への信頼を具現化したものなので、金がゴミになるということは、その国家への信頼も0に等しくなるということです。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、本作の主人公であるルークはガブール人という民族で、彼らの民族は中世の黒人のような扱いを受けていました。つまり、一部の地域に住む原住民であり、大国は彼らを奴隷にしようと狙ってきます。ある日、いつも通り贋金を売っていたルークは奴隷狩りに遭い、危うく姉ともども売られそうになりますが、神によって生殖能力を失う代わりに贋札を生み出せるようになり、その贋札を使って何とか逃げ出します。ただし、姉は奴隷として売られた挙句、生み出した贋札は通し番号がすべて同じなので、2枚以上同時に使うとすぐにばれてしまいます。ルークはこの欠陥能力を使って、姉を助けるために世界経済を破壊しようとします。どうやって破壊するかといえば、数えきれないほどの贋札を国中にばらまくことで貨幣の信用を暴落させ、それによって諸悪の根源である帝国を破壊しようとします。ただ、ルークの能力だけではそれはできないので、「大きな赤ちゃん」の二つ名を持つ大商人グレシャム、その優秀な右腕フラペコ、超怪力野生児ダウー、そして最大の敵としてレジャッドというハレンチ警察がいます。彼らの癖の強すぎる性格、味方も敵も知略にまみれた計画、シュールな画風がとても面白いのでぜひ読んでください」
三河のプレゼンが終わった。へ~、面白そうな漫画だな。今度調べてみよう。
「おっと、言い忘れていましたが、この漫画は全六巻で完結していて、いま私は一巻と二巻を持っています。ちょうど一巻を読み終わったので、気になったなら言ってくださいね~」
なんだって!?すごい読みたい!くっそ!早く点数つけてプレゼン終わらせて、後で借りよう!
「それ、あとで貸してよ」
別に興味ないけどね~、みたいな態度を装いながらぶっきらぼうに言ってみる。
「いいけど、プレゼン勝負が終わったらな。勝負は勝負だから」
言うと思った!ほんとこいつは性格悪いな!とりあえず、点数だけつけるか。面白さ=5,内容の深さ=5,自分に刺さるか=4...経済についてそんなに興味がなかったけど、面白そうだから刺さるかは1下げて4にした。
さて、次は私の番だ...緊張するなぁ…
「私が紹介するのは、キノの旅という小説です。まあ、この小説についてはアニメ化もされているので、本好きの三河さんであれば?ご存じだと思いますが、一応説明しておきましょう。
主人公はキノと呼ばれるボーイッシュな十代後半の人間の女性で、相棒のしゃべるモトラド...要はバイクですね。と一緒に、いろいろな国を旅する小説です。ただ、この国というのが現実と全く違う国が多くて、まず、どの国も高い城壁で国を囲っています。次に、文明レベルがバラバラで、近未来的な国もあれば狩猟を主にしている国もあります。最後に、一番の特徴なのですが、どの国も変わったルールや文化があり、それらの違いを楽しむのが本作の醍醐味となっています。例えば、キノがいた大人になると脳を改造する国だったり、国にあるものすべてを広告にするような国だったり、殺人が合法な国だったり...それらの国のルールや習慣に振り回されるキノや、時に利害関係によって戦闘をするキノなど、そういった場面が面白い作品なので、ぜひ読んでみてください」
あぁぁぁぁ!だからプレゼンしたくなかったんだよ!全然うまく伝えられないし、緊張しまくって三河をにらむこともできなかったし!もうだめだこれ...あとでハイパーインフレーション読んで今日のことは忘れよう。
もう結果見えたなこれ。早く結果発表してくれ~
「はい、これでプレゼン終わりね。じゃあ、私から点数を言います。賽瓦さんの点数は!」
どうせ全部1とかだよ~。プレゼンとか二度としたくない~
「面白さ=4,内容の深さ=5,自分に刺さるか=5でした。キノの旅自体は以前から聞いたことはあったけれど、あまり詳しく知らなかったので、教えてもらったって読む気になったのが理由です。ただ、ちょっとだけ魅力を伝えきれていないかな...と思ったので面白さは4としました」
意外に高得点。っていうか、あれだな。ちょっと忖度したなこいつ。まあいいや...もう勝負とか面倒くさいし、早く発表しよう。
「はい、私の点数は面白さ=5,内容の深さ=5,自分に刺さるか=4でした。理由は本当に面白そうだなっていうのは伝わってきたけど、経済にすごい興味があるわけではなかったので、自分に刺さるかはちょっとわからないなと思ったので自分に刺さるかは4にしました」
結果としては同点になった。勝敗がつかないってことはどうなるんだ?
「同点になったので、今回はどっちも悪かったってことで。それじゃあ、仕事に戻るかぁ」
別に放課後に来る奴なんていないのに、受付に戻る三河。
ほんとこいつ、気に食わない奴だなぁ。十中八九、私が好きな本聞きたかっただけだろこれ。...なんとなく気持ちはわかるけれど。
「あのさぁ、これって茶番でしょ?」
ギクッとする三河。図星だったらしい。
「まあいいけどさ。あんたと本の趣味は合いそうだし。とりあえず、ハイパーインフレーション貸して」
黙って一巻を渡してくる三河。私もキノの旅を棚から取り出して渡す。
「ん」
「ありがと」
それだけ言うと、二人とも黙って本を読み始めた。あ、最後に一つだけ聞きたいことがあるんだ。
「そういえば三河さぁ、放課後の図書室を開けてる時間って4時までじゃなかったっけ?」
その時、6回チャイムが鳴る。つまり今は4時半...
こいつと一緒にいるときは時間に注意しなければ...