モップの勇者現る
火曜日――それは、曲枝賢治が掃除当番を任される日。
異世界転生を夢見て“ちゃんと生きる”日々を送っている彼にとって、これも立派な修行である。
「掃除……? よし、今日も異世界ポイント稼ぎのチャンスだな……!」
教室の隅に並ぶ掃除道具たちを前に、賢治はうなずいた。
そして、彼の手に吸い寄せられるように現れたのが――モップ。
その瞬間、彼の脳内に稲妻が走る。
〈新たな装備を獲得しました〉
『伝説の聖モップ・モプティクス』――汚れを浄化する神聖な武器
装備効果:掃除に本気を出すと、転生スコアがちょっと上がる(かも)
「……来たな、勇者装備」
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クラスメイトたちがほうきを手にして雑に掃除をする中、賢治はひとり静かに闘志を燃やす。
「この床のホコリ、俺が一掃してやる……!」
ズザァァァァッッ!
教室の床を、全力で横断するモップ。
右へ左へ、くるくる回るその動きは、もはや舞。
「……賢治くん、なんかバレエしてない?」
「いや、あれ“戦ってる”んだと思う」
クラスメイトの視線をよそに、賢治はモップを握りしめて吠える。
「貴様ら、汚れの魔獣どもッ! ここで浄化してやるッ!」
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシッ!
――5分後、汗だくで立ち尽くす賢治。
教室の床はピッカピカ。誰もが驚くレベルの清潔感。
「やり遂げた……モプティクスよ、お前との絆、忘れねぇ……」
その日、彼は“モップを片手に微笑む少年”として、一部の女子の間でプチ話題になった。
ちなみに、モップは翌日、柄の部分が折れていた。賢治の執念のせいで。
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その晩、賢治は日記にこう書いた。
「掃除を全力でやると、気分がスッキリする。そしてそれは、魂の浄化につながる。つまり、今日の俺は異世界転生に一歩近づいた(はず)。」