遺書1
はじめまして
重苦しいタイトルではありますが、本文はそこまで暗い内容ではないと思います(直接的な描写はなるべく避けるようと努力はしてみました。出来たとは言っていない)
『先立つ不孝をお許しください』
もはや定型文となりつつある一文を用意しておいた紙に書き綴り、今世との決別の一歩を踏み出し始めた。
それほどまでに壮絶な人生を送ってきた自覚はなかった。
両親からの虐待や、学生時代におけるいじめなどといった自死の引き金となりうるようなことは記憶としてはない。過干渉してくるわけでもなく、逆に触れようとしないというわけでもないそれなりの距離感の両親。クラスの中心というわけでもなかったが、輪の中からはみ出ているような生徒でもなかった思う。
そんな何ともない人生を歩んできた僕は、自分の人生に対してそこまで不満を感じていなかった。
だが、どこかで僕は不安を抱いていた。
それは言葉で説明しろと言われても難しいものであるが、確かに僕は僕の生きざまに対して得も言われぬ不安感を持っていたのだ。
そしてその不安を何とかして払拭するために勉学にも運動にも精力的に取り組み、それなりの結果を出してきた。そうした行動のかいもあり大学卒業後も一般的に大手企業と呼ばれる企業に入社することができた。
しかし、そうした正しい道を歩んでいても何故だか僕の不安感はぬぐいきれない。
そればかりか
「本当にこのまま進んでいいのだろうか」
などという自問自答すら始める始末であった。
そんな日々が数年続いていく中で、僕はふとした瞬間
「あぁ、死のう」
という決断に至った。
それからは会社に退職届を出し、付き合っていた恋人との関係も解消したりなど、僕は僕の終わりへの準備を少しずつ進めていった。
それからというもの、何をするにしてもうざったらしいほどに付きまとってきた
「これでいいのか」
という感覚は、まるで今までが嘘かのように感じることはなくなり、そればかりか生きていくということに対して充足感すら感じている始末であった。
それはまるで死ぬために生まれてきたかのように、死ぬことがこの世に生を受けた意味であるかのように錯覚してしまうほどに、僕は自死を選択してから苦痛だった生の時間に潤いを感じていたのだった。
そして今日終わるための最後の準備を始めたのである。
『お父さん。お母さん。僕に命をくれてありがとうございました。僕に愛情を注いでくれてありがとうございました。
それなのにも関わらずこういった形でもらった命をお返しすること、最後を迎える選択をした親不孝な僕の事をどうか許してください。
何か不満があったわけではありません。何か二人に不備があったわけでもありません。
ただ僕が一方的に僕のあり方に不安を感じ、それに耐えきれなくなり、この先歩いていく道の先が見えなくなり、歩くことを止めてしまいたくなっただけです。
人生を歩む中で何かを二人に返すことでできなかったことだけが僕の心残りです。
改めて僕は今日をもってこの歩みを止めます。
今まで本当にありがとうございました。そしてごめんなさい。』
そこまで書いて僕はペンを置き一息つき、最後だからと紙をきれいに四つ折りにして遺書と一言書かれた封筒の中にしまった。
その封筒を机の上に置いた後僕は立ち上がり、事前につるしておいたロープのそばへと歩みよる。
そしてロープに両手をかけたその時施錠していたはずの部屋の扉が外側から開けられた。
その先に視線を向けると、そこには黒装束に身を包むナニかがゆっくりと僕の方へと歩を進めてきていた。
あまりの突然の出来事に僕はあっけにとらわれロープにかけていた両手を下す。
その僕の様子が面白かったのかそのナニかは
「ヒャハハハ」
と不気味に笑う。
僕はその笑い声で一気に今目の前に広がるこの光景が妄想や夢の中での出来事ではなく、今実際現実で起きているものだと認識させられた。それと同時に
「なんなんだお前は。勝手に入ってきて。それにどうやって入ってきたんだ」
得体の知れないナニかに問いかけた。
しかしそんな僕の問いかけも僕自身にも取り合わないかのように
「んなことはどうだっていいだろ。これから死ぬってやつがそんな細かいこと気にすんなよ」
先ほどの気味の悪い笑い声と共に語りかけてきた。
普段だったら少しムッとくる物言いだったが、何故だか不思議と確かにと思わされそれ以上追及する気にはならなかった。
「俺はよ、これから自分で自分の命にお別れをしようってやつの最後を見に来ただけなんだよ。だからさあんまり気にすんな。別に止めるために来たわけじゃねぇからよ」
そうは言われてもそんな風に見られては何か気まずいものもあるだろうとも思ったが、どうせそれを言ったところで先ほどみたいに「気にすんな」の一言で一蹴されるだけに思えたのでその言葉は胸の中に収める。
「別にそんなの見たって何にもおもしろくないだろ。ただ一人の男が首つって苦しそうにもがきながら死んでいくだけだろ」
そう僕が言うと
「それがよ、意外と笑えてくるもんだぜ。人が死ぬ様ってやつは。死ぬ覚悟があるとかいうやつが、苦しそうに目じりに涙を浮かべて死んでいくんだぜ。これが笑えなくて何が笑えるんだっての」
なんて意地が悪くて趣味の悪いやつなのだろう。赤の他人が死んでいくさまがそんなに面白いのだろうか。
しかし、そのナニかにとっては違うらしいようで、ひとりでにその光景を思い出してはひとりで笑っているようだった。
「なんど思いでしても笑えてくるぜ。これほど面白いものが他にあるのかってくらいにな」
ここで僕は完全にこいつと会話をすることの興味は失われた。とことん思考が合いそうにはないと感じたためである。
「なぁ、もういいか。僕はこれからそのお前が面白いと思うことをするんだから見たいなら黙ってみてろよ。話しかけて邪魔すんなよ。別にもうお前の趣味について止めようともしないから」
そういって僕は一度下した両手を再度ロープにかけた。
「なぁ、お前。本当に後悔はないんだな?生きたいなんて思ってないんだな?」
なんてしつこいやつだろうか。どこまで僕の邪魔をすれば気が済むのだろう。
「だから邪魔はするなって言っただろ」
僕は再度忠告をする。
しかし、そのナニかには僕の言葉など届いてはいないかのように
「本当に死にたいんだよな?間違いはないか?」
「何度も言わすなよ!ないっていってるだろ!」
つい強く言い放ってしまった。
これから死ぬというのにこんなに感情を揺さぶられて何になるというのか。
僕は一度深く息を吐き、
「なぁ、頼むから邪魔だけはしないでくれよ。僕はな、今日この日のために色んな準備をしてきたんだ。そのうえで今ここに立ってるんだ。だから頼むよ。その努力を無駄にさせないでくれ」
僕は得体の知れないナニかに今生における最後のお願いをした。
「分かったよ。そんなに何度もおんなじこと言うなよ。聞こえてるっての」
だったらなぜという言葉は口にするのすら面倒臭いのでしまい込み
「あぁ、悪かったな」
と謝る。
するとその黒いナニかは再三耳にした気味の悪い笑い声をした後に
「じゃあな名前も知らないお前さん。せめて最後はみじめったらしく死ねよ」
と最後に最低な言葉を投げかけてきた。
最後までなんて嫌な奴だろうと思いながら、ロープを首にかけたその瞬間
「死ねぇぇぇっ!」
という絶叫ともに部屋にかけてくる人影があらわれた。
そしてその声が聞こえたのもつかの間。僕は腹部に衝撃を感じた。
何が起きたのか一瞬理解が出来なかった。
なぜ首を吊ろうとしたこの瞬間に僕は、まるで関係のない腹部に衝撃を感じているのか。なぜ宙に浮くはずだった僕の体は床に打ち付けられているのか。なぜこの部屋に新たに見知らぬ誰かが入り込んできたのか。
なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ
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「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁアァァァァアァ???」
刹那現実に引き戻される。
痛い痛い。ものすごく痛い。それにものすごく熱い。熱い熱い。
何で何で。
思考がまるでまとまらない。
僕は震える右手でその熱源に触れる。
その手に感じたのはドロッとした感触。
それになんだか
そしてそれを顔の前に持ってきて初めて、いややっと気づく。
それは血だった。
僕の腹部から血が流れ出ていた。
僕はもがきながら大勢を変え仰向けになる。
天を見上げる。
何で血が。どうしてこんな目に。なんでこんなに痛い思いをしてるのか。
疑問符ばかりが頭をよぎる。
そんな僕に誰かが馬乗りになる。
そして大きく振りかぶり一突き。引き抜き、もう一突き。そしてまた引き抜きと一心不乱に刃物を振りかざす。
刃物で腹部を、胸部を刺されるたびに僕の口から小さく声が漏れ出る。
「……な、ん……で……」
喉からあふれ出る血液をかき分けて絞り出した精一杯の問いかけ。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
しかし、そんな僕の言葉には耳もかさないといった風にただひたすらに僕の体に刃物を突き刺し、呪いのようにただ繰り返す。
「どうだ。お望み通りの死だぜ。まぁ、死に方は違うけど。でも別にそんな細かいことはどうでもいいだろ?お前は死にたがってたわけだし。これで絶対確実に死ねるよな。おめでとう」
拍手とともに、静かにしていた黒いナニかがとても嬉しそうに僕に語りかける。
だがそんなこと心底どうでもよかった。
ただ僕の頭の中を支配するのは痛みと何でである。
どうして僕は刺されているのか。なんで誰ともわからない奴から刺されなきゃいけないのか。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
「な、ん……で、ぼ……く、が……お、れ……が」
「んん?よく聞こえねぇな。もっとはっきりしゃべれよ」
ナニかが笑いながら返答する。
僕は口から血を吐き出しながら叫ぶ。
「なんで僕……俺が刺されなきゃいけねぇんだよ!」
僕の必死の様子が面白かったのか手をたたき笑いながらナニかは
「なんでって、そりゃお前が死にたいっていってたからだろ?違うのかよ。俺はなんども聞いたよな。死にたいのか?って。それでお前は言ったよな。死にたいって。だったら別にいいじゃねぇか死ねるんだから。それともなんだ。やっぱり死にたくないってわけ?」
まるで煽るかのように言葉を返す。
「なんでなんでなんで……俺が刺されなきゃいけないんだ。なんでこの俺が死ななきゃいけないんだ」
ナニかの煽りにまったく反応せずに、いや反応できずにただ俺はとにかくどうしてこんな状況になっているのかについて虚空へと問いかける。
大体なんで俺は死のうとしてたんだ。なんで遺書なんか用意してたんだ。なんで思ってもいない感謝の言葉なんて書き綴っていたんだ。どうして。
まるで先ほどまでの俺の行動に対しての理由が分からないでいた。
死ぬ気なんてこれっぽっちもなかったのに。毎日が幸福と充足感で満ち溢れていたのに。なんで自殺なんて考えていたんだ。ただひたすら同じような疑問が頭の中を反芻していた。
その間にも俺の体はめった刺しにされていて、もう何度刺されたのかも分からないくらい刺され、そのたびに血液が飛び散る。
しかし、馬乗りの人間はその勢いを緩めるどころかさらに速く何度も刺し続ける。そのたびに俺に向けてであろう呪いの言葉を吐き続けながら。
どうして俺が刺されて刺されなきゃいけないのか。どうして見たこともないような人間に身に覚えがない理由でここまで殺意を向けられなきゃいけないのか。考えても考えてもまるで理解できないでいた。
そんな俺をしり目に黒いナニかは
「ほら、泣き叫べよ。喚き散らせよ。みっともなく、情けなく、声を張り上げろよ。死にたくないですって」
それはもう嬉しそうな声色で俺を催促する。
そして俺は
「死にたくない。痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。いやだ痛い痛いやだやだやヤダヤダヤダヤダ」
首を左右に勢いよく振りながら、身をよじりながら思いのたけをこれ以上ないくらいに叫ぶ。手を、足をバタバタと振り回す。みっともなくてもいい。ただ痛みとそれによって目の前まで迫りくる死への恐怖から逃れるべく叫び続けた。
しかし、俺の体は押さえつけられていることと血を流しすぎていることによって力がまるで入っておらず、身をよじっても手足をバタつかせても、上に乗っている人間はビクともしない。
それどころか、下手に暴れまわったせいか口内に溜まっていた血液がそこら中に飛び散っていた。
その光景がツボに入ったようであの気味の悪い声でひたすら笑い続けた。侮蔑と嘲笑が入り混じったような声色で手をたたきながらただひたすらに笑っていた。
そんな中俺の意識が段々と曖昧になってきた。
目は虚ろになりはじめ、うざいくらいの笑い声も徐々に遠いものに聞こえ始めた。そして俺自身の口も思うように動かなくなり、次第に叫んでいたはずの声がか細いもへと変わり、また掠れたものへと変わっていった。
そして意識が混濁していき微睡みの中へと沈んでいくさなか、俺の耳に黒いナニかからの言葉が届いた。
「じゃあなクソったれ。死にざまは中々面白かったぜ」
その言葉を聞くや否や俺の保たれていた最後の意識が深い暗闇へと沈んでいくのを感じた。
そしてそれはもう二度と目を開くことはないとどこかで理解した。
ここまで読んでくださった方ありがとうございます。
読みにくい文章ではあったと思いますが……頑張ります。
さて本編に関してなのですが、この話は後日譚があります(短めの予定)
もしかしたらイメージだったりを壊してしまう可能性があり、蛇足となってしまうかもしれませんが、それでもという方がいれば読んでみてください。
一応この作品は後日譚も含めた流れを想定して考えていたのですが、今後については未定です。反応によっては変えるかもです(反応があればですが)
それと、ここはこうした方がいいよとか、こうすれば今よりは読みやすくなるよとか、何か意見などありましたら是非是非言ってください。都度反映するよう努力していき読みやすいものを目指していきます。
それと困ったことが一つありまして。それはこれはジャンルとしては何に該当するのかがよく分かっていないということです。
一応ホラーとはしましたが、書いていてコワって思うような展開ではないと思っているので悩ましいところであります。
これにつきましても何かいい案があれば何卒お願いします。
長くはなってしまいましたが改めてここまで読んでくださった方本当にありがとうございました。
ではまた